思っても、どうしてもまぎらす事が出来なかった。
 それでも学校にはたしかに行って居た。二十二日の日に四時頃私は黒い包を抱いて縞の着物を着て学校の前から電車にのった。
 こんで居たんで私は一番車掌台のそばにおっこちそうになってのって居た。人と人との袂の間からのぞいて居る、女の手が妙に私の目を引っぱる力をもって居た。うす青の傘の柄を小指だけ一本ぴょんとはなして居る形がどうしてもあの人らしい。わり合に色が黒くって指の先の一寸内に曲ったところなんかが間違いなくそうらしく思われた。一寸も動かない片手では何かにぎって居るらしい。私は今の袂の下から首を出した。――そうだ――私は、そうっとかくれる様にすりぬけてあの人の目の前に立った。「マア、……」一寸腰をうかせて長い袂をひざの上に組みなおして左の手にもって居た巻いたものをもちなおした。
「ほんとにしばらく、――いつあっちからかえっていらっしゃった、……」
「おととい、……思いがけなかった事ほんとに、これから東片町に行くから一緒にネ、そこまで……」
 ほっぺたを赤くして彼の人は云った。
「今どこにいらっしゃるの、林町と東片町には居ないって云ってらしてた
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