来る。ジット目をつぶると、静けさ、嬉しさは、ソット忍足に私の心の中にしみ込んで行く。かるいほほ笑みのくすぐる様にうかぶかおを両手でおさえて私はつっぷした。モウ何とも云われないしずかなおだやかなふるえるほどいい気持に細い細い雨の一条一条のすれ合う音が私の体のまわりを包む。
 たまらないしずけさ、うれしさ、――私の頬にはとめどもなく涙が流れる。涙に雨のささやきがひびいて又私の体をおそう。気が狂いはしまいか気が遠くなりはしまいかと思うまで私の心はふるえにふるえて居る。「体をなげつけて、こんなに美くしい柔い雨にうたれたい」私はこう思いながら笑った。涙は流れる、けれども口元には笑いがただよって居る。自分に分らないこんざつした気持を希臘《ギリシャ》時代の絵のような不思議なこころもちでソーッとのぞいて居る。しずけさ、――私の頬にはまだ涙が流れて居る。限りないこのうれしさ、しずけさの中に私はマア、……。ほんとにうれしい!

     低気圧の強い時

 鏡ん中には片っ方は妙に曲ってふくれた、も一方は青い色にしなびて居る私の頬をうつして居る。「にくいむしばめが……」形のない、又目にも見えないものを私は斯
前へ 次へ
全46ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング