が、そうして内職におろせば出来上った反当りで手間を支払い、しかもそれを機の貸し賃で小ぎった。村で現金はそんな手間働きでもしなければ見られない。たけをのうちでも、トラはそれでどうやらバラ銭を握るのであった。現金と云ったらそれとたけをがうちへ入れている十五円足らずが一家の収入の全部だ。
たけをは、
「どっこいしょ」
と立って四月の昼間でも暗い納戸へゆき、勤めに着てでる新銘仙の着物を丁寧にたたみつけた。それから洗濯ものをもって流し場へ下りたが、背中の貝がら骨の横が錐をもみこまれるように痛く、肩が張ってやりきれない。たけをは、炉ばたの柴置きから割木を一本とって、それで自分の肩をポンポンはたいた。
「しんどいか?」
「どうしたんやろ……肺病になるかもしれん」
「これ! けったいなこと云わんものじゃわ」
たけをがつとめている町のだるまや百貨店は男の店員百人に対して女店員を二百人つかい、朝の八時から夜は十時まで、一日十四時間という労働であった。朝八時と云ってもそれはもう客の入る時間で、それまでに店員への訓話があり、たけをのような通勤は六時から起き出してやっとだった。家へ帰りついて一服して床につくと早くて十一時半。つまり、十七八から二十《はたち》ばかりの眠たい盛りの娘たちに六時間位しか眠る間がなかった。四日に一度ずつ今日のように半休があったが、逆に四日に一度ずつの出番にあたれば売場で倍いそがしい目を見るということになる。ふだん日に当ることが少ないので、切戸の敷居に腰かけ、菜の花の匂いのするそよ風に当っているとたけをは疲れが出てボーっとなった。カッシャン、カッシャンという機の音が遠く野良につたわって行って却って部落に満ちている静けさを感じさせる。
エッヘン! 特徴のある祖父さんの咳払いでたけをは目をあけた。やがて父親の岩太郎が帰って来た。上りばたで草鞋をときながら、
「寄りは何じゃったね」
と祖父さんに訊いている。ポンと炉ぶちで煙管《きせる》をはたき、
「……東京の宮さんから京都へ御降嫁になるんじゃそうな。ついては御殿を二十万円で新築せにゃならんそうで、全国の信者が寄進せにゃならん塩梅《あんばい》じゃ――」
たけをは眠気がさめた。二十万円……御殿……村のこの暮しのどこからそんな金が出るのであろう……。父親の岩太郎はむっつり黙っていたが、
「なんぼあてじゃ?」
と聞きかえした
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング