いるガンジーの無抵抗の抵抗が、インド人民の解放のためにどんな意味をもっているかということがヨーロッパの精神特にロマン・ローランによって深く考えられ評価されたのもこの時期であった。
 四年間の第一次ヨーロッパ大戦を経てゆくうちに世界は大きい犠牲によって多くのことを学び、よりひろい人類の協力が必要であるとする感覚と理性的なその実現の方法とを発見した。その結果が、第一次大戦の根本原因であったそれぞれの国の資本主義による生産事情・社会機構の矛盾の調節という現実問題に帰着して、一九一七・一八年に、多くの国々で古い権力の形がくずれた。ロシアのツァーリズムの絶対主義政治、ドイツのカイゼルの軍国主義政治その他中欧諸国で皇国とか、国王とかは、急速により民主的な権力に交替した。その中で社会生産のしくみまでを進歩させて、より人民の多数の生活向上の目的に沿う可能性がますような社会主義的な生産方法に変化させることの出来たのは様々の条件からロシアだけであった。他の多くのところでは、きょうわたしどもが、日本の明治時代に資本主義に立つ民主主義は完成されなかった、と理解しはじめているその資本主義に立つ民主的な政治の形がもたれたのであった。
 フランスのジュール・ロマンが第二次ヨーロッパ大戦のはじまったばかりの頃書いた『ヨーロッパの七つの謎』という一冊の小さい本が、日本語にも翻訳されている。それには、第一次ヨーロッパ大戦の後、もう二度と世界に悲惨事をまきおこすまいと希望する各国の人々が、ヨーロッパ各国の間でどんなに手をつなぎ合い、平和の継続に努力し、しかもその努力がどういう力で破られたかという悲劇をまざまざと描き出している。この頃は毎日新聞にチャーチルの第二次大戦の回想録が出ている。それにもうかがわれるとおり一九一八年に敗戦国となったドイツの人民はカイゼルの軍国主義政治、植民地をひろげようとする侵略政策をやめて、当時発達していたドイツの科学と工業の実力で平和で人民的な生産様式をもつ国――社会主義の要素の多い社会に前進しようと欲した。しかし、同じ戦敗のドイツの中でも、そしてあの世界史的なドイツのインフレーションの中でも、第一次大戦によって軍需成金となった新興財閥は存在した。それら一握りの新マーク階級の人々は彼等の特権にとって有利でない人民的な生産様式にドイツの社会が進化してゆくことをのぞまなかった。その特権ある惨酷な人々の利害に、そうとはしらずに結びつけられたのが、同情すべきドイツの人々の祖国愛の感情であった。敗けてくやしいと思う年よりの感情、せめて勝ったのならばと、自分の良人や息子を死なせた悲しさのやりばのない女性の思い。けんかは両成敗なはずだのに、と軍国主義という社会悪をひとてに負わされて不満な人々のこころもち。当時のドイツにみちていた男女のあらゆる種類の不満と悲しみを、武装解除させられたドイツの軍人たちの傷けられた名誉心と結合させ、ドイツ民族の名誉恢復、復讐の期待というものを、不幸なドイツの人々の心にしみこませて行ったのが、第一次大戦のときに生れたドイツの軍需成金、科学・工業・鉱業界の親玉たちであった。そこへこの舞台にとって最もふさわしい野心と賢さと狂気とをもったヒットラーというオーストリアの軍曹がナチスという政党をひきいて現れた。地方的な小政党であったナチスを一九三三年の選挙で第一党にした背後の力は、国内では軍需生産企業の親玉たちと保守的な国家主義者・軍人・地主たち、判断にまよった小市民層の人々であり、国外においてはナチスに投資した外国の資本家たちであった。小さかったナチスがそういう支援・投資を得て怪物的な成長をとげ世界を攪乱しはじめて一九三八年以来、世界平和のため、自分たちの人民生活・国家の存在の擁護のために自分の息子たち孫たちを前線に送らなければならなくなったのは、ほかならぬかつてのナチスへの投資者たちであった。第一次大戦のあとのヨーロッパ社会が急テムポで社会主義的に進んでゆくことに危惧を感じ、その防壁としてドイツのナチスを支援し、成長を助けることが得策であるとした国外の人々は、間違えてふたをあけた壺からあばれ出した暴力を、民主的な理性と良心とによって粉砕するまでに、七年の歳月と、一五〇〇万人の軍人と、その幾層倍かにあたる一般市民の生命と天文学の数字のように莫大な費用を費さなければならなかった。
 このヨーロッパの資本主義の国々が未来の安全を計るためにとった手段の誤りから国際的痙攣に陥っているすきに乗じて、日本のファシストたちはアジアにおけるファシズムの勝利、資源と市場の独占者になろうとした。われわれの家庭から前線におくられて死んだ一〇五万の軍人たち。空襲その他で死んだ三三万余の市民男女。そして今日生活の荒波にもまれている八〇〇余万の戦災者。夥しい引揚
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