それに偽りがないならば
――憲法の規定により国民の名において裁判する――鈴木裁判長
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)杙《くい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)特別[#「特別」に傍点]な考慮のための
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去る十一月一日発行の『文学新聞』に評論家の佐藤静夫氏が三鷹事件の被告宮原直行さんの令兄にインタービューしたときのルポルタージュがのせられていた。商業新聞のやりかたにいためられてはじめは会うのも話をするのもいやがっていた令兄子之吉氏は、やがて『文学新聞』というもののたちがわかって、ぼつぼつ話しはじめたと書かれている。その話の中に次の言葉があった。八月八日に「はじめて面会を許されて弟に会いましたが、そのとき立ち会った木村検事にわたしが、公正な立場でやっていただきたいというと『宮原係の検事としてききずてならない』と酒を飲んだように顔面を紅潮させて、両脇腹に手をあてがって『でっちあげるのはわけはないのだ』といいはなちました。そのあとで、しかし今は昔通りにはゆかないけれど、と云っていました」
わたしの目は、いくたびもいくたびもこの木村検事という人物の云った黒い言葉の上にひきもどされた。そして、だんだん深くこの黒いとげが全心にささりこんだ。「でっちあげるのはわけはないのだ」と被告の家族に向って云いはなすことの出来る検事が、きょうの日本に存在し得ているということは、わたしたち人民の生活のおかれているどういう状態を、世界に向って示していることだろう。
ことしの夏は、殺気のみちたいやな夏であった。国鉄の整理については、政府も、ふりあげたわが刀の影におびえたように非常事態宣言の用意があるとか、「共産党は八月か九月に暴力革命をやるもくろみだ」とか、政府への反抗に先手をうつつもりで、かなり拙劣に人々の気分を不安にする空気をつくった。下山事件はその典型であった。下山事件につづいておこった三鷹の無人電車暴走、そしてそのことが思いがけない犠牲者を出した事件については、こんにちでもまだわたしたちに、信じるべき事実、というものが示されていない。したがって、ことの真実に立って社会的発言をする責任を感じているすべての良心的な人々は、三鷹事件に関してはむしろ慎重に、推移を見まもっているというところであろうと思う。
わたしにしても、この事件は、本当はどういうことなのかしら、と思いつづけている。日本の民主革命の過程において、そのひとこまを占めたこの事件のふくんでいる意味は、小さくもなければ、単純でもない。政府のこしらえている特別考査委員会というものは、その委員会での討論ぶりを見てもわかるように、特別[#「特別」に傍点]な考慮のための委員会の本質をもっているから、政党としての共産党は、その応答ぶりにおいて、必ずしもいつもわたしたちの希望するだけ率直ではあり得ない。はためには、いつもどこか肩を上げたものの云いかたをしているように見えないこともない。そのことは、正直でつましい市民感情の一部には好意的な印象を与えない。――特別考査委員会というものは、この一つの効果だけでも、反民主的な政府の方針に少なからず用立っているわけである。
一人の市民として、作家として、わたしにもいろいろ心もちがある。けれども、『文学新聞』にのった宮原子之吉氏の話は、わたしを、決定的な力で、一つの抵抗の杙《くい》につないだ。
「でっちあげるのはわけはない」このひとことに、血のかたまる野獣性がある。日本の十数万人の旧治安維持法の被害者はもちろん、涜職、詐欺、窃盗、日本の法律によってとりしらべられたすべての人々で、刑事や検事からこの言葉をきかされなかった者はおそらく一人もないだろう。法学博士で大臣だった三土忠造でさえ、一九二九年か三〇年ごろ涜職事件で検挙投獄され、公判廷で奮闘して無罪を証明したあとで『幽囚記』という本をかいた。その中で政治的な事件の本質と、検事のとりしらべの強権にふれている。
三鷹事件が、多くの良識ある人にとって不明瞭な性質のものとしてうけとられているからと云って、検事が「でっちあげ」ていいというものだろうか。わたしたち一人一人が、どんなかのゆきがかりで、何かの不明瞭ないざこざに巻きこまれたとき、「でっちあげるのはわけはない」と検事に云われて、納得していられるだろうか。「でっちあげるのはわけはない」という非人道的な発言が人民の運命に関して権力の使用人たちによって云われている事実を、人民としてわたしたちは許しておくべきではないと思う。人々が誠意をもって、少数者の利益のためにでっちあげられる戦争に反対を声明し、日本の人々をこめる世界の人民の平和を護ろうとするならば、こんにちの日本の現実において、もっとも発端的な人権に加えられているでっちあげを徹底的に排除しなければうそであると思う。
三鷹事件の公判に対するわたしの関心は、はっきりした一つの焦点に集注された。この事件が起訴されるまでの全過程を通じて、検察団はどのように行為したか。そして、これからどのように行動して法律をつかうかという点が十分監視されなければならないということである。どういう結果であれ、人々は真実の事実を知りたいと思っているのだ。事実を。――
十一月四日、十八日、二十一日、二十五日、二十八日と三鷹事件の公判がすすんで来た。昨二十九日の新聞によると、公判は、被告十名の共同正犯と二名の偽証罪を、検事団の証拠とするところによって検討する段階に入った。ところで、前後五回の公判廷にはどのような光景があり、被告はどのように、弁護人はどのように陳述して来ているだろうか。
第一日の十一月四日、法廷にはニュース映画のカメラ、ラジオの録音の機具まで運びこまれ、まぶしいフラッシュの閃きの間に赤坊の泣声がまじり、十二名の被告が入廷するという光景であったことが、各紙に報ぜられた。その前日ごろわたしたちは、裁判所の一部にバリケードがこしらえられた写真を新聞の上で見た。そして検事団の、公判に対する確信が語られている記事もよんだ。
ところがその公判第一日は、すでに知られているとおり注目すべき結果に終った。公判廷は「ついに起訴状朗読にはいたらず午後五時三十分閉廷した」竹内被告をのぞく十一名の全被告が意見開陳にあたって、強力に、公訴取消しを要求した。その理由は、この事件の取調べは、検事側の威嚇と独断と術策によってすすめられたもので、人権は蹂躙された。したがって被告としては各自にとって事実無根の公訴をみとめることができないというのが、共通の趣旨であった。二十九歳の元検査掛の被告竹内景助が、他の十一名の被告たちと同じ発言をしないで、直接取調べにあたった検事たちが、きょうの公判廷に姿を見せていないことをいぶかりくりかえして、係検事たちの出廷を求めた事実は翌日の各紙上にもつたえられた。三鷹事件に連座した十二名の被告たちのうち十一名は共産党員であり、竹内被告は党員でない。それだけでなく、彼の立場は十二名の被告たちのうちで最も複雑であった。
竹内景助が「逮捕されたのが八月一日。最初は犯行そのものを否認しつづけ、同月二十日に至り平山検事に単独犯行を自供した。それが九月十三日になって、神崎検事に対してこんどは自分一人ではないと共同正犯を主張した。そして相川検事にもこれを述べ、さらに十一月二日には自由法曹団の弁護人をことわり十一月四日の第一回公判となり」(一一・一八、読売新聞)十二名の被告のなかで、彼ひとりが、自由法曹団外の鍛冶、栗林、丁野の三弁護人を選任して出廷したのであった。偽証罪として起訴された石川、金の二人の被告を加えた十一名と、自由法曹団の弁護人たちが、七十歳の布施辰治を先頭として、はげしく検事の取調べの不当を非難した第一日の公判廷で、竹内被告の弁護人鍛冶だけが「個々の被告の人権を尊重し、被告個人の特殊性を無視して一色に塗りつぶしてはならぬ」と要望(五日、読売)したには、以上のいきさつがあった。学生服や開襟シャツに重ねた仕事着姿の被告たちにまじって、ただ一人きちんとネクタイをつけ上着のボタンをかけた背広服姿の竹内被告が、腹の下に両手をくみ合わせ、やや頭を左に傾けた下眼づかいに正座している当日の彼の写真は、全身の抑制された内向的な表情によっても、同じベンチに並んでいる他の被告たちの動的で、いくらか亢奮した反応が陽性にあらわれている様子とは、おのずからちがって自分を意識していることを示している。
第一日の公判廷は、十一名の被告が一人一人たってその一人一人が、取調べの過程で検事が云ったことを具体的にあげてその非合法的なやりかたの不当をはげしく訴え、全法廷が公訴取消を要求する声々でいっぱいになって「遂に起訴状朗読には至らず」閉廷したのであったが「法廷両側に貼られた『傍聴人心得』の必要をみとめないほど、この日の法廷は野次も旗も労働歌もない、ただ熱心にメモをとるばかりの傍聴席風景だった。」(一一・八、東京新聞)
被告たちが、いっせいに公訴の不当を訴えた根拠というのは、どういうものだったろう。
公判第一日の速記録によって被告たちの陳述をあとづけてみる。
午前の人定尋問の時、立って「この公判は重大であるから公判の検事ならびに裁判長以下裁判官の名前をわからして頂きたい」と発言して、布施弁護士によってその要求を具体化した被告飯田七三(三二)、もと三鷹電車区検査係、同分会執行委員長は、午後の法廷でさらに発言を求めて次の様に述べた。「最初申しあげた通りこの事件がいわゆる普通の刑事事件と違うということをもっとも端的にあらわす言葉として、わたしを調べられたところの天野検事はこういうことをいわれている。これはちょうど私の起訴が決定する八月八日の日であります。」「私をいままで調べられたあなたが、長年の検事としてその体験から私の起訴の決定をする会議にでてどうか一つ公正なるあなたの意見を述べて頂きたい。そのために是非闘ってもらいたいということを申しあげた。私はその時に涙とともに申しました。胸が一杯でした。その時天野検事がいわれるのには、私も吉田政府の官吏だ。だからその官吏の枠をでることはできない。こういわれたのであります。」「私はこの三鷹事件に何の関係もありません。しかるにかかわらず起訴された。そして百余日にわたる牢獄生活、これを通じまして天野検事がその時にもらされました一ツの嘆声が実はこの三鷹事件の本質であったということを感じてきたのであります。」「それでは吉田政府の枠とは何だ、私は労働者であり、日本共産党員であります。われわれに対する枠は、いわゆる吉田民自党内閣のわれわれに対する政策は、反共国民運動によって労働組合を弾圧し、共産党に対する弾圧をする。これは新聞でもはっきりしている。そういう反共国民運動の枠、その枠であるということを私は感じてきたわけであります。で、取調べの過程においてもお前からは聞こうとは思わない。しかしもう傍証でかたまっておってお前は何をいおうと駄目なんだ。もう容疑ではなくて確定している。やらないといったってもう共同正犯だ。共同正犯は、無期又は死刑だ。それでは一体私のどこがそれに該当するのかということをききましたとき、それはいえない、お前の胸にきいてみろという。私は何も関係していない。」「そして百余日のあいだそんなやりもしないのにそんな共同正犯なんて、そんな馬鹿なことがあるものかという気持と、私は自分の潔白を申しでて来たにもかかわらず、髪の毛をつかんでそしてあの武蔵野市の警察の玄関をひきずり歩かされ、そして警察の権力によって牢獄につながれている。これではいくら自分が潔白を主張してもこの検事によってこのまま首をくくられるのではないかというような不安をもつわけです。」「この二ツの気持の内面闘争、これは実に深刻なものです。」「結論的に私が申しあげたいのはわれわれを被告としたあの検事諸君こそまさに公務員法違反であり、職権乱用の非国民である。私はそう思う。なお弁護人諸君に一言申
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