たかも妨害になるような発言をされている」のは「裁判所を信任されていないことである」云々とたしなめた。
 ニッポン・タイムスは、これらの状況を「茶番になった第二回公判」として、「法廷は小型の議会になった」と書いている。
 午後、川口検事によって起訴状が読上げられた。その起訴状の内容がどういうものであるかということは、公判速記がありのままに記録している。
 裁判長「(前略)偽証の方で、このほか数名とあるが、それがわかっておりますならばその内容をいって下さい。」天野検事が、横谷、外山、清水、宮原、伊藤、田代の名をあげる。「以上です。」
 裁判長「喜屋武ほか十数名とあるが、どうですか」天野検事、竹内被告をのぞく十一名のほかに五名の名をあげ「以上であろうと思います。」
 布施弁護人が、各被告の起訴の日づけが、まちまちである点、その他曖昧に書かれている個処について質問をはじめた。「これは事件の内容全貌についての見通しがあって起訴が行われたのでしょうか。そのことをまずききたい。起訴の第一次の段階で事件の全貌がいかにつかまれていたか、はっきりしていたかについて、また発車が人意か共犯か否かについても起訴状は明かでない。」
 栗林弁護人も竹内被告の起訴状について共謀、謀議などの言葉の意味についてたずねる。
 裁判長「今わかりませんか。共謀の日時、場所は。」
 勝田検事「七月十日から十五日ごろまで。三鷹電車区構内の整備第二詰所としようとしている古電車や、労働組合の事務所又はその附近、それから高相方などにおいて、よりより数回にわたって謀議が行われておりました。」(被告席失笑)
 裁判長「飯田被告と他人と共謀の上とあるが、起訴当時ははっきりしていなかったかどうか。」
 勝田検事「八月一日に第一次に起訴した七名を検挙しておりましたので、この共犯関係は分っておりました。」
 裁判長「八月八日の起訴の時には、大体分っていたというのですね。」
 勝田検事「検挙しておりましたから共犯だと思って起訴しました。」
 林弁護人は共謀の事実、場所、人物について説明を求めた。それに対する勝田検事の答につづけて、
 裁判長「今の点、もう少し具体的になりませんか。」
 勝田検事「かような計画は、全体の雰囲気からでてきたものであります。被告人が一堂に会してやったんじゃありません。(被告席身体をゆすって笑い出す)(以下略)」
 裁判長「いつ、どこで、だれとだれとが会ったということは分っていないようだ。数日にわたって数人が数ヵ所で謀議をやったんだというのが検事のいうことです。」
 吉田弁護人「(前略)七月十五日の会合には被告全部と組合員がいたとあるが、いかなる組合に所属するだれとだれか。」
 勝田検事「さようなことは、いずれも述べる必要はない。」
 吉田弁護人(白髪の頭をふり、机をどんと叩き)「必要があるからこそ聞いている。」
 第二回公判は、このような起訴状の朗読と被告飯田、外山、清水の起訴事実否認で閉廷された。
 第三回公判は十一月二十一日、裁判長の法廷を静粛に保つことについての発言があり、前回にひきつづいてまず横谷被告の起訴事実否認が行われた。彼の陳述約一時間ののち、きちんとした背広姿の竹内被告が証言台に立った。ニュースカメラのライトが一斉に彼の上に集中された。彼は落着いていて、はっきりした、やや早めな口調で「起訴状によりますと、共同謀議でやったとなっていますが、私一人の単独犯であります。(中略)民同、共産党の煽動によるものではなく、吉田内閣や三田村氏の陰謀によるものでもありません。たとえ命はあっても獄中で老いさらばえて、あの時真実をいっておけばよかったと思うでしょうから、ここに真実を申しのべました。」竹内の陳述は僅か五分ですんだ。傍聴席にいた竹内被告の妻政さんは、ハンカチーフを顔にあててうずくまり、これにニュースカメラが焦点をあわせると、その前に坐っていた伊藤被告の妻が子供を抱いた身体をつき出してかばい、(日本経済新聞)毎日新聞のカメラは証言台に立って陳述する竹内被告の後のところでハンカチーフを眼にあてて泣いている横谷被告の姿をキャッチした。
 裁判長「起訴状には横谷と二人でやったとあるが、どうか。」
 竹内被告「それはまちがいです。全く私の単独でやったことです。」
 裁判長「自分一人で電車を動かしたのか。」
 竹内被告「ハイ。」
 十五日に共同正犯を主張した竹内被告の自供手記を大々的にあつかった読売新聞は、この日の公判状況をきわめて簡単に扱い、かつ、竹内被告の陳述のはじめにいわれた言葉で他の大多数の新聞は記録している一つの項目――民同や共産党の煽動によるものでなく、吉田内閣や三田村氏の陰謀によるものでもありませんという供述をオミットした記事をのせていることは注目される。同
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