一緒に乱暴に一揺れして、お茂登はあやうく転《ころ》げかかった。待ってくれ、という才覚もつかない間にそのままバスは速力を出し、馴染《なじみ》のない夜の街がガラスを掠めはじめた。
お茂登は暫くあっけにとられていたが、やがて何とも云えない気持で、腹の底が顫えて来た。源一が駅まで来られるものと思って、改っては訣れの言葉も交さなかった。それなり来てしまった。涙こそこぼれないが、お茂登は何かにつかまらずには体が二つ折れかがみそうに切なくなって来て、運転手のうしろにあるニッケルの横棒へしっかりと節の高い手をかけた。そして、前方に目を凝したまま揺られて行った。
二
一年半ばかりのうちに、村から四十余人出征していた。はや、遺骨となって白木の箱にいれられて帰ってきたものもある。今まで源一に召集がかからなかったというのが寧ろ不思議なくらいであった。軒並と云ってよいくらい出ている。その中で一度一度と召集に洩れると、かえって妙な不安で母親までも何だか落付かない工合であった。その晩も、隣村の同年兵のところへ赤紙が来たという知らせで、そっちへ出かけていた間に源一の召集もかかったのであった。
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