に目を落したまま、云った。
「もし友さんが来れるようなら、おっ母さんは、お前らが出てもこの商売ずっとつづけて見ようと思う。どうで? その気になって、儲けさえ焦らなんだら、やっては行けそうに思う」
 三年ばかり前に源一が入営中働いていた友三という運転手が、最近トラックの徴発で体が空いた。もし今井で使って貰えればと、ハガキをよこしているのであった。
 広治にしては母の話も突然のことである。
「そら友さんなら正直でええが……」
「兄さんが行ってから、おっ母さんの心もいろいろになったが、きょう日ではたった一つにきわまった。どうでも、結局はお前らの勢《せい》のいいように暮して行かにゃならんと思う。このおっ母さんがひっそり一人でくすぶっとると思えば、お前らの勢もわるかろ」
 そしてお茂登は優しい息子に向って半分からかい気味に、
「どうで!」
と笑いかけたが、眼からは自分でも思いがけない熱い涙が溢れ落ちた。お茂登は上っぱりの上へしめているセルの前かけの端で涙をふいて、更にしっかりと両手で広治のいじっているタイヤの端を抑えてやりながら、熱心に、はっきりとした数字をあげて、自分の心づもりを話して行った。



底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第五巻」河出書房
   1951(昭和26)年5月発行
初出:「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房
   1948(昭和23)年2月発行
執筆は1939(昭和14)年
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年5月4日作成
2003年7月5日修正
青空文庫作成ファイル:
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