ているような落付かなさに見えた。手伝いらしい女が膝をついて、お茂登の丁寧な挨拶に、あっさり、
「どうぞお二階へお通り下さい」
と云った。
「階段はそちらですから」
 遠慮がちにお茂登がのぼって行って見ると、六畳一間の両側についている腰高窓をあけっぱなした風通しの中で、学生服の男がぶっ倒れたうつ伏せの姿で睡っており、丁の字形に入口の方へ脚をのばした若い女が、窮屈そうなお太鼓の背中を見せて、これもうつ伏せになって眠っている。三尺の床の間には、五日前村を出るときかいた源一の寄せ書の日の丸旗やそのほか軍人の手廻りらしい茶鞄の荷物が積まれている。
 坐布団と茶をもって現れた女は、人のいい表情で二人の寝姿を顧みながら、
「この方々も大分遠方から今朝五時にお着きました」
と云った。
「どうぞ御遠慮なくあなたもお横におなりませ」
 お茂登は、西側の窓へ背中をもたせかけ、出された茶を啜りながら、何か張りつめた心持で、脚をのばす気にもならなかった。安宿でもない、さりとて普通ではないこの二階の遽《あわただ》しい空気が、今朝からお茂登のふれて来たあらゆるところに漲っていて、落付けないのであった。
 やがて、下の玄関に重い兵隊靴の音がして源一が戻って来た。故郷の村からは何里も離れたこの都会の他人の家でも、幾晩かそこに寝おきした今は遠慮もとれた風で勝手にあがって来て、目を醒した若い二人に気軽くやあと云いながら帯剣をはずし、うるさそうに頸や顎をのばして、軍服の襟ホックをはずした。小皺の多い顔を上気させて、まじろぎもせず自分の一挙一動を見守っている母親に、源一は優しく目を走らせ、
「羽織なんぞぬいだらええに」
と云った。
「ああ。――大して暑うもないけ」
 機械的にち[#「ち」に傍点]のところへ手をやったが、お茂登は、忽ち羽織のことは念頭にない調子で、
「どうで、もうすんだの」
と、自分のわきにあぐらを組んだ息子を見た。
「三時からまた二時間ばかり行かにゃならん」
「出てしまうまでは、いよいよ暇というものはないもんと見えるなあ」
 着いても話したのは二十分ぐらいのことで、あとは皆が背嚢を背負ったりとったりするのを、お茂登は、根よく眺めていたのであった。いくらか子供らしく歎息する母親に、源一は笑い出した。
「これでもおっ母さん、きょうはましなんで。きのうあたり来てお見。迚もこうしちゃおられざったんで
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