その源
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)愧《は》じる
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二三日前の夜、おそく小田急に乗った。割合にすいていて、珍しく腰をおろした。隣りに大柄な壮年の男のひとがいて、書類鞄から出した本を、しきりに調べている。その隣りの席に黒い外套に白いマフラーをつけ、縁なしの眼鏡をかけた三十歳がらみの洋装の婦人がいて、好奇心を面にあらわし、男のひとの本の頁を横から見ている。その様子に、何か目をひくものがあった。
すると発車間際になって、一人の紳士が急いで乗りこんで来た。「あら××先生!」遠慮のない声が、その女のひとの唇から迸り出た。そして、「おもちいたしますわ」と鞄をうけとった。「近頃、大分御活動だそうですね」「あら、誰からおききになりまして、そうでもございませんわ」然し、その女のひとは、電車の隅々までよくとおる声を低めず、進駐軍のために日本語を教えていること、自分がアメリカに生れたというので大変よろこんで親切にしてくれること、チョコレートやお砂糖をどっさりくれることを話した。「そりゃ甘いチョコレートですのよ。御馳走いたしますからおいで下さい。本当に
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