身が描き出しているこの矛盾は、おのずからジイドによって描かれているとは異った現実のあることを読者に感じさせるのである。ジイドは、既に、一人の作家として現実を誤って観察しているという域を脱した。意識して自分の感情に巣喰う憎悪に餌をやって育てており、その化物の成長を楽しんでいるものの後楯を感じ、一つの明瞭な悪を、今日の辛苦多い歴史の頭上に羽ばたかせているのである。
 人類の発展の足どりは、実に多岐多難である。名状し難い献身、堅忍、労作、巨大な客観的な見とおしとそれを支えるに足る人間情熱の総量の上に、徐々に推しすすめられて来ている。決して反復されることない個人の全生涯の運命と歴史の運命とは、ここに於て無限の複雑さ、真実さをもって交錯しあっているのである。
 ジイドが、彼の才能と称され、又誤って評価された観念性によって新しい一つの社会を偶像化して空想したことは彼の自由である。又それに幻滅した主観の上に立って悪意の多い著述をすることも彼の自由であろう。然し、我々の人間性による自由、良心的な知識人としての自由は、ジイド流の「労働者を欺いた」というような欺きに「誘惑されないように警戒する」義務と権利とを自覚している。これは今日にあって言わば時代の良心であり、或る本能であり、更に最も平凡で身近い日常の諸相が、おのずから、私たちの今日の裡によびさましている平凡であるが故に強い現実に対する判断力なのである。[#地付き]〔一九三七年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年1月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
   1951(昭和26)年7月発行
初出:「帝国大学新聞」
   1937(昭和12)年10月11日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
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