て疲れた動作で黙りこくって働いていた。ズックの袋に入れて札をつけた白米が店の奥に山とつまれた。馬力で米俵が運ばれて来たりした。東京市内だけでも一日に何軒とかの割合で米屋が倒れて行く。そういう話がある折であったから通りすがりに見るこの米屋の大活況は何となし感じに来るものがあるのであった。そこは朝夕郊外からの勤人が夥しく通る往来でもあったから、そういう男の人たちはどんな感情でこの米屋の店の有様を見て通るのだろうか。そんなことも思った。菊につられて何心なく裏庭まで入ってしまって、目の前に荒っぽいレール敷の米俵の山を見て私たちは、その米屋にかかわりはないのだが興醒めた気分になって出て来た。
豊島日の出と云えば、小学校の子供が厭世自殺をしたことで一時世間の耳目をひいた町である。そこの、米の桶より空俵ばかりが目立つような米屋の店頭に、米の御注文は現金に願います、という大きい刷りものが貼り出された。
それは近日来のことである。
うちでは炭がなくて困っている、石炭屋へハガキを出しても音沙汰なしである。きのうの朝早く外へ出てすこし行ったら炭俵を一俵ずつ両手に下げた厚司前垂の若衆がとある家の勝手口へ入った、もしや、と思って待っていたがなかなか出て来ないし、こちらに時間があるので歩き出したら、角の電柱のはずれから可愛い茶色の朝鮮牛が無邪気な鼻面をのぞけている。見れば、その牛車一杯に炭俵が積んで来てある。男はそれを運びこんでいるのであった。又何をか云わんや、という表現はこんな場合の実感を伝え得るのである。
[#地付き]〔一九三九年十二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「中外商業新報」
1939(昭和14)年12月2、3、5日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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