繁った、山百合の咲く――が、思い出されるぐらい。その山々は、高くない。円みを帯びている。それにも拘らず、その峰から峰へと絶えない起伏の重なりのせいか、或は歴史的の連想によってか、鎌倉の山は一種暗鬱なところがある。昔風な径路のついた山裾を歩いても、岩の間の切通しを見ても何か捕えがたい憂鬱めいたものが心に来る。それゆえ、鎌倉の明月の夜の景色を想うと空に高く冴え渡る月光に反し、黒く深く黙した山々の蹲りがありありと見えて来る。借りた茅屋根の小家は、明月谷にある。明月谷という名は、陳腐なようで、自然の感じを思いのほか含んでいる。家の縁側に立って南を見ると、正面に明月山、左につづく山々、右手には美しい篁の見えるどこかで円覚寺の領内になっていそうな山々、家のすぐ裏には、極く鎌倉的な岩山へ掘り抜いた「やぐら」が二つある。「やぐら」の入口の上に、今葛の葉が一房垂れている。野生のなでしこ、山百合が咲いている。フダーヤはその岩屋に入って、凄く響く声の反響をききながら、
「大塔宮が殺される時の声もこんなに響いたんだろうな」
といった。隅に、巨大な蜘蛛が巣をかけていた。その下の岩の裂けめから水が湧き出し、少した
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