くかけて逃げるか、また逃げてかなわないと知ると、どんなに狡くころりと丸まって死んだ振りをするか、ややしばらくそれで様子を窺い、人間ならばそっと薄目でも開いて見るように――いや本当に魔性的な蜘蛛はそのくらいなことはやるかもしれない――折を狙って一散走りに遁走するか。一々を実際の目で見ると、生物に与えられた狡智が、可笑しく小癪で愛らしい。いじめる気ではなく、怪我をさせない程度にからかうのは、やはり楽しさの一つだ。
ついこの間の晩、縁側のところで、私は妙な一匹の這う虫を見つけた、一寸五分ばかりの長さで、細い節だらけの体で、総体茶色だ。尻尾の部分になる最後の一節だけ、艷のある甲羅のようなもので覆われている。一寸見ると、そして、這ってゆく方角を念頭に置かないと、その実は尻尾である茶色甲冑の方が頭と感違いされるのだ。私は、近ごろ熾になりたての熱心さでいい加減雑誌の上を這い廻らせてから、楊子の先でちょいと、胴のところに触って見た。するとまあ虫奴の驚きようといったら! 彼――彼女――は突つかれたはずみに、ぴんとどこかで音をさせ一二分体全体で飛び上って落ちると、気違いのように右や左に転げ廻った。どうす
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