生活の安定がうばわれていることも、またもや軍国主義者が復活し、ことありげな空気をかもしていることも、なにもかも敗戦がわるいのだ。そうあきらめて屈従する気分が、日本の女性の感情を重く鈍くかげらしていないのならば、こんなに負担の多い日々を営んでいる日本の女性によってこそ、もっと激しく、もっと決定的に平和への渇望が表明されていいはずだと思う。
 日本の帝国主義は、日本の内地にも植民地朝鮮の人々の、しいたげられた生活を展開させた。自分たちの日々で、「みじめな朝鮮人」を見下げる習慣をもたされてきた一部の人々は、いまは日本も敗けてしまったのだからと、軍国主義権力の崩壊を、それによってこわされた自分たちの生活と同じ一つもののように思いこんで、われから隷属に屈していることはないだろうか。
 夫婦の不和や家庭破壊の問題がおこったとき、どんな幼稚な身の上相談にしろ、先ずその原因を冷静につきつめて、と答えている。あのことも、このことも敗戦がわるい、というならば、どうしてその敗戦などという現象がおこったのか。そもそもの原因までさかのぼって、つきつめようとされなかったのだろう。どこでいつ行われようと無慙、野蛮で
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