同盟兵が人形の体に鉛筆でいたずらがきしたようなことを「けがされた人形」とある種の連想をともなう誇張した題でかいているのはどうしてだろう。その人形は宜川のソ同盟の屯所へ行って、にこにこ笑う兵士に地下室へ案内されて、そこからもらってきた布地でつくられた。その布を見た同室の人が、あら、いいわねえ、みんなで早速人形つくりをはじめましょう、といったとき、「みんなですって、この布は私達のものよ。皆で作りたかったら、自分で行って布を貰ってくればいいでしょう。この布はあげられませんよ」女主人公はそういった。その婦人は、いかにも口惜しいという顔をして、「利己主義ね!」という。「なんですって、利己主義はお互さまでしょう」その人は、冬、オンドルのある特別室にがんばって動かなかった人である。
「流れる星は生きている」は、一人の女性の生存力が、小さい子供の生きぬく力とともにこのように発揮され、このような方向に煉磨されなければならなかったことは、まったく軍国主義の犯した一つの犯罪であるという歴史の事実をわたしたちに告げる一つの物語である。著者にそれを自省する力がないならば、せめて読むものとしてわたしたちは、このように非人間で苛烈な生のたたかいが女性の上や子供の上に強いられる戦争そのものこそ絶滅されなければならないと抗議せずにいられない。
東大協同組合出版部から、『きけわだつみのこえ』という戦没学生の手記を集めた本が発行された。戦没した学生たちは、帝国主義の侵略戦争がどんなに人類的な犯罪であるかということを、死の訴えとしてのこした。やがて屍《しかばね》となる自分の靴の底へかくした紙きれの文字によって。ポケットの手帖にかかれた瀕死の自画像によって。[#地付き]〔一九五一年三月〕
底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
1952(昭和27)年5月発行
初出:「婦人公論」
1951(昭和26)年3月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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