長宅へやった。行った人間は、白鞘をすこしのぞかせたそうだ。裁判は急転直下、有利に解決し、今度は乾分をやった方の男が音頭をとって経営しはじめたが、この男は満州へばかり度々出かけるし、濫費するので、遂に専務をやめざるを得なくなった。
ここへ別の一人物が登場して来る。某大銀行の持っているドックで働いている人で、自分のものが時節柄欲しくなったのであろう。ごたついているところに目をつけて、例の満州へよく行く人物を、技術家の代理と称さして、先代と口約を交してあった後継息子のところへ株を貰いにやった。頼まれた人物は創立当時の価格でそれをうまく受けとって、現価で依頼人に売った。そのことは、半ヵ月も経って初めて技術家にわかった。技術家はそのようにして、今日二十年来の資産の大半を失ったのである。
こういう有様で、その四十万円の修繕をやるにつけても、ドック会社は現金欠乏であった。そこで会社は材料を持つだけにして、労働者の方は、夫々の組から入れさせることにした。組が入れた労働者には、工場法が適用されない。そのこともあるのであった。
会社のやりくりがうまくゆかないときには組が賃銀を立てかえる。急な設備がいるとなると、これまた組がやることになる。重り重った借金を会社は株で払うしか方法がなかったので、昨今の景気は或る組を相当な株主にしてしまった。仕事があっても、これでは儲けが皆組へ行ってしまって、会社は益々貧血するので、あるところに廃工場となっていたのを復活させて、それを組にやって、吸血をまぬかれたというのである。組の現場監督の下の親父と、その下につかわれている労働者たちとの関係は、親父が社宅をぶらりぶらり見てまわって、そこに作ってある野菜なんか、一声かけて、さっさと気に入ったのを抜いてゆくという風であるそうだ。親父の息子と喧嘩すると、その子の親たちは顔色をかえる。娘やおかみさんとしてはそのほかになかなか安心ならない親父対女の事情まである。
直接この話と関係はないが、先達て汽車の中で隣席の男が大きな声で、いやア、あの男はやりおる。何しろ君、工場の主だった者あ毎晩のように芸者買いさせとるんだから、と云った。するとその連れが、疑わしげにニヤニヤしながら、土台本人が好きなのさ、と云った。そして、そういうことをする者があるから、はたが困るよと云いながら、どういうわけか、頻りに腹がわるいんならこれ
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