は。
「八十円ばかりなんだよ。
 生糸だの桑だのを商売にして居る家なのさ。
 かなり大きな家なのだよ、彼処いらではね。
 だから困ったと云っても其の時限りの話だったんだろうし、それに今年は生糸は戦《いくさ》で下った代りに桑が大変好い価だって云う事を聞いたから、九十や百は何でもなく返せる筈なのだよ。
「まあそう。
 そいじゃあもっとどしどし云ってお遣りになれば好いじゃあ有りませんか。彼方の家へも山田の方へも。
「けれども又そうひどくも云えないからね。
「でも証文や何かを皆山田へお預けなさったの。
「証文は私が持って居るがね。
 万事好い様におねがいするとは云って置いたのさ。
 それでね、お前に一つ云ってもらいたいんだよ。
 東京から云われて来たって云う事をね。
「だって私にそんな談判が出来るもんですか。
 一口で凹《へこ》まされて仕舞うでしょう。何にも知らないんですもの。
「そんな事あるもんかね。
 私より字も書け、読めもする癖に、そんな事が出来ないなんて事はないよ。
 ほんとに行っておくれでないかい。
「だってお祖母様。
 外の事なら仕てあげるけれど……
「そんな事云わずとさ。
 いろんな家の事の相談相手に成れるからこそお前だって来た甲斐が有るんじゃないか。
「相談相手にはなる事よ、いくらでも。
 だって私貸し金の催促に行かせられるのは生れて始めてですもの、厭だろうじゃ有りませんか。
 誰か外の人におしなさいよね、お祖母様。
「いいえ、お前が好いんだよ。
 東京の家でもどうにか仕たいと云って居ますからと云って様子だけ見て呉れれば充分だから。
「お祖母様御自分で行らっしゃいましよ。
「いやだよ、私は。
 後生の悪い業突婆見たいじゃないかい。
「そんなら私だって慾張り娘みたいでいやじゃあ有りませんか。
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 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は殊にお久美さんの事を思うと行き度く無くなった。
 若し山田の家で使い込んででも居る様だったら、その事を聞くお久美さんだって辛いだろうし、自分だって、僅かばかりの金にせくせくして居ると見られるのはいやであった。
 けれ共祖母が行って呉れ行って呉れと繰返し繰返したのむので、生れて始めての経験に胸をわくわくさせながら山田へ出かけて行った。
 主屋の方へ行くと長火鉢の前に恐ろしい眼付をしたお関が中腰になって居て、隅の方にお久美さんがしょんぼり眼を赤くしてうずくまって居た。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は嵐の起ったらしい様子にちょっと躊躇したけれ共何でもない様にお関に挨拶をした。
 お久美さんは好い逃時の様に※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子を一寸見たきり音も立てずに奥へ引っこんで仕舞ったあとで二人は下らない世間話をして居たが機を見て※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は却って金の催促をされる様な顔を仕ながら、
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「あの橋本の事を種々御面倒になって居りますそうですけれど、どんな工合になりましたろうね。
 祖母も気を揉んで居りますし、東京の家でもなるたけ早く極りをつけたいと云ってますから。
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とやっとの思いで口を切った。
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「ああその事ですか。
 それはね、ほんとにお気の毒様なんですけれど、思う様に行きませんのですよ。
 第一向うは商人ですからね。
 そんな事になるとなかなか抜目なく立ち舞いましてね。素直においそれとは出しませんですよ。
「そりゃあそうでしょうってねえ。
 ああ云う風な商売をして居ては金を借りるのにもなれてましょうから。
 けれ共近頃に行らっしゃっていただけたでしょうか。
「さあ、どうでございますかね。
 もう此頃は何ですか、いそがしがって、御覧の通り今日ももう家に居ませんのですから。
 きっと又思いながら行かれないで居るんでございましょうよ。
 それにああ云う事はどうも機《しお》が有りましてね。
「ほんとに御いそがしいのに御無理でしょうからね。
 祖母も、あんなに用が沢山御あんなさるのに御たのみして置くも心ないって云って居ますんですから、あんまり御面倒の様でしたら御遠慮なく御断り下すった方がようございます。
 僅かばかりの事なのですから、誰にでも出来ましょうから……
「いいえ迷惑の何のと云う事じゃあ有りませんのですよ、切角自分も思って仕始めた事だからどうしてもまとめて仕舞い度いとは申して居りますんですからね。
 只あんまり長く掛ってすみませんのですけれど。
「御迷惑でさえ有りませんでしたら此ちらも願って置いた方がいいんですけれ共……
 祖母も云って居るんですけれ共、どうせ返す見込みがないものならなかった物だと思っ
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