、嘘などを逆《さかさ》に立っても云いそうもない所等は却ってお久美さんに厭な思いをさせる許りで有った。
諦めなければならないと云う事をお久美さんは知って居た。
けれ共彼れ程好く嬉しく想って居た事が斯うまで裏腹に行こうとは余り思い掛けなかった。
大切に育てて居た子を急病で一息の間に奪われて仕舞った時の様な諦め様にも諦めのつかない歎きが心の奥深く染み込んで、重三を見る度にその堪えられない苦痛が鮮やかに浮み上って、お久美さんを苦しめるので有った。
お久美さんは※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子に皆話して仕舞おうかと思っても見たけれ共、自分より年下のそんな事を云いも考えも仕ないで居るらしい者に恥じに成ろうとも知れない其等の事を明すには何だか不安であった。
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「まあ厭だ、
私そんな事知らないわ。
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と一口に笑われて仕舞いそうに思えて、今まで一言も云った事の無い事を切り出す勇気は無かった。
お久美さんは※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が何の屈託も無さそうに一日中好きな物を読んで好きな事を考えて、厭になれば響ける様な声で歌を歌ったりして居る様子を思い浮べた。
彼那に楽に彼那に好きに仕て居れば誰だって利口になれると思えた。
どんな人だって、自分に仕て呉れる位の力添えや相談は仕て呉れるにきまって居ると思えた。
彼んな暮しを仕て居る人に到底今の私の苦労が分るものじゃあ無いと、お久美さんは此頃めっきり育って、種々※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の知っては居ないと思われる感情を経験した自分の心を尊く眺めた。
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「お※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]さんなんてほんとに世間知らずだわね。
そりゃあ呑気なのよ。
彼那子供みたいな風をして一日中勝手な事ばっかりして暮して居るんだもの。
やっぱり年が若いんだわね。
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等と独言の様に云って※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の事と云えば賞めるとしか思って居ない小女を驚かせたりして居た。
お久美さんは今までの此那に長かった間何故自分が斯う思わずに過して来られたかと云う事が疑われる様で、七年の間の事が皆他所の噂を聞く様な気がした。
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「お※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]さんと私とは生れからして違うんだもの、
どうせ分りっこありはしないわ。
私の心配は私一人で切り盛り仕て行かなけりゃあならない、ましてこの頃の様な事はね。
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と云う事をはっきり思って居た。
十四
山田の養子の事や何や彼で皆がザワザワと口数多く成って居る間に※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の祖母が気に病んで居た橋本の貸し金の事は思わぬ落着を告げた。
重三が来た許りだのに金の話でも有るまいと控えて居た祖母もあんまり埒が明かないのに業を煮やして、到々人をやって、もう公に成っても自分は介わないから町の弁護士に頼むからと云った晩、山田の主人は来て、他人の噂をして居る様な口調で、橋本からはすっかり借りた丈の物に礼まで添えて返したのだけれ共、種々已を得ない事情が有ったので、自分が又借りを仕て仕舞ったと云う事を話して行った。
祖母は涙の出る程怒って、
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「そりゃあ私もお返しする積りで居るんですからな、
まあ、もうちっとお待ちなすって下さい
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と云ったと云う事を幾度か幾度か繰り返して※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子に話して聞かせた。
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「ほんとにひどい。
彼《あ》あも悪く出来た人は見た事がないよ。
それもさ、
丁寧に訳でも話して願って来れば又どう考えなおすまい者でもないのに、お前、まるであたり前の様な顔をして、
『種々な必要に迫られたものでしてな、
お断りせんかったのは悪かった』
と云った丈だよ。
そりゃあね、彼の人が今年はどの位困ったかは大凡《おおよそ》分って居るのだから、事を分けて返した物は返した物でそっくり持って来てから話しでも有れば相見互な事だから用立てても上げ様ものをさ、
年寄りだと思って踏みつけられて居るのを思うと、それ丈でも口惜しくって口惜しくって居られないよ。
だから、ほら、先お前が行った時、お関が種々云って間へ外の人を入れさせまいとしたのさ、
私はもうほんとに考えた丈でブルブルするよ。
よってたかって剥ぎ取る工面許りして居るのを思うと、夜もおちおちは眠られやしない。
だまそうと掛れば掛る程此方じゃだまされちゃ居ら
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