むしゃくしゃになってつとめて面白そうに高声で東京の事だの親類の子供達の噂だのをした。
 話の最中に何を思ったかいきなりお関が、
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「ああそうそうお久美、
 お前一寸洗場へ行ってね、さっき取りこんだシャツに鏝を掛けて来てお呉れ。
 恭は一寸出て行って居ないから。
[#ここで字下げ終わり]
と云いつけた。
 お久美さんは悲しそうな顔をして、それでも半句の不平も云い得ずにコトコトと暗い土間から外へ出て行って仕舞った。
 うつ向いた眉のあたりには苦痛を堪えるに練らされた様な堅い確かさと淋しさが浮んで居たのを見ると※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は何の為にわざわざ今頃になってからお関が人っ子一人居ない洗場へお久美さんを追い遣ったかが明かに見え透いて、譬様も無い程情無くなって仕舞った。
 少し珍らしい事になると話しまで聞かせない積りなのかしらん。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお関の極端な仕打ちに驚くと共に、あんなに柔順に無言で辛さに打ち勝って行けるお久美さんが偉い様に思われた。
 もうすぐ帰ろうと※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はしきりに思ったけれ共、お久美さんが行ってから幾分か心のおだやかになったお関は前よりはよほどくつろいだ調子で、ほんとうに話をして居る気になって種々の半年間に起ったこの猫の額程の村の「事件」を話して聞かせた。
 けれ共※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はもう浮腰になって仕舞って、どうしても落つけなかった。
 来なければよかったと云う悔と、お久美さんに対する一層のいつくしみが混乱した気持になってそれからじきに※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は祖母をせきたてて家へ帰って仕舞った。

        二

 次の日はどう天気がぐれたものか朝から秋の様にわびしい雨が降って居た。
 昨夜はあんなに好い月だったのにやっぱり天気がまだかたまらないと云いながら家の者は陰の多い部屋にこもって、各手に解き物をしたり、涼風が立つ頃になると祖母が功徳だと云って貧しい者に施すための、子供の着物だとか胴着だとか云うものを小切れをはいで縫ったり口も利かずにして居るので、皆から離れたがらんどうな大部屋にポツンと居る※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1
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