。科の選定はそれからのことです」その前のたよりでは、大学の科目をそろそろきめなければならないが多計代が哲学がいいというし自分もそう思うが、どうかとあった。その時分まだモスクワにいて、白夜のはじまりかけた永い夕暮の明るみの中で、朝子は哲学にはすぐ賛成出来ないと、書いた。保が長四畳の勉強部屋の入り口の鴨居に Meditation と書いた紙を貼りつけているのを、朝子は思い出したのであった。そういう気質と哲学とは、常識のなかで余り結びつきすぎていて、いやに思えた。哲学がいいという多計代の気持も分って、そしてやはりそこに反撥するものがあった。朝子は、その手紙の中でくりかえし、保がいい友達をつくるよう、その人と相談して根本的な生活をすすめて行くよう、夏休みにはうちの者とばかり暮さず友達と旅行でもした方がいい。そんなことを細々書いた。高校の仲間が、誰も誰も議論のための議論をしたり、自分の物知りをひけらかしたりするために討論したりするからいやだと、保がよく云った。それも尤のようであるけれども、同じ二十歳の高校生である保の言葉としては、朝子も沈着さとしてばかりは聴かれないのであった。
その一事につけ
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