辛いのです。真個に友子さんの云う通り、私は不幸なのだ、と思うと、政子さんには、訳もなく、寂しく情けなくなって来たのです。
 知らないうちに、政子さんは友子さんに同情されたのを喜んでいました。同情されると、政子さんは、到頭、
「其は随分いやな事だってあるわ」
と云いながら、涙組んでしまいました。
「そうでしょうね」
 何か考えるように首を傾《かし》げていた友子さんは、やがて政子さんの手を優しく撫でながら申しました。
「私達はこれから仲よしになりましょうね、政子さん、貴女の辛いことを、私出来る丈少くして上げることよね、政子さん。うちのお母様だってどんなにかお気の毒だと思っていらっしゃるわ」
 政子さんは、此の年上のお友達が、どう云う積りでそんな事を云い出したのか、訳が分りませんでした。けれども人と云うものは、どんな時にでも親切な、自分の辛いと思う事を辛いだろうと云って呉れる人を悦ぶものです。
 政子さんは芳子さんの悪口を云う人と仲よしになるのは何だかすまないような心持もしながら、それでも嬉しがらずにはいられませんでした。

 先生のお手伝をして、理科の標本室から教室を往復していた芳子さんは、こんな話が、友子さんと政子さんとの間に取換されたのは、ちっとも知りませんでした。
 けれども、それを知らないと云う事が、芳子さんの毎日の行いにどんな関係を持つでしょう。芳子さんは、何と云っても芳子さんである筈です。芳子さんは、相変らず、一生懸命に勉強しました。お気の毒な政子さんには、自分の出来る丈の親切をし、お友達のすべてに、よい仲間となれるように――芳子さんは先生が教えて下さる正しい事は、一つ残さず自分が行って見たいと思っているのです。
 それ故、先生が、背中を丸くしてお席に就いていてはいけない、体に悪い事です、と仰有れば、直ぐ自分の背中に気をつけました。人の悪口や、欠点《あら》計り探す事はいけないと分れば、どんな時にでも、それはしまいと心に願いました。
 人間は、花や小鳥や、天と地とがそうであるように、お互に助け合い、其の人々の持っているよい点を尚お磨きながら、楽しく睦じく、そして正しく暮して行くべきだと云う事を、芳子さんは知っているのです。
 ところが、或る日、五時間目の地理が済んで、皆と一緒に芳子さんも家へ帰ろうとして居りますと、受持の先生からお使が来ました。小使は、先生が御
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