なりたいからなんですって! 学者ですって政子さん、ホホホホだから私ね、女の学者なんてあるものですか、可笑しいわ、って云って上げたのよ。そうしたら芳子さんたら急に真面目くさって、其じゃあ貴女はって仰云るの」
「まあ、貴女何と仰云ったの」
「私? 大きな声で云って上げたわ、私はね、此の学校は好い着物を着て来ても叱られないからよ、って!」
「そうしたら?」
「芳子さんたらすっかり怒っておしまいになった事よ。あの方は全く変人なのね、学校は、着物を見せに来る処じゃあない、勉強する所です、って」
 政子さんは、芳子さんの方が正しいと思いました。真個に学校は、呉服屋の広告に使われる処ではございません。けれども、皆より二つ年が上で、お家が大層なお金持で、いつも俥夫が二人がかりで送り迎えをする友子さんは、級中で、一番着物の好きな人でした。
「うちの父様は、日本で沢山ないほどのお金持なのだから私は大人位お金を使ったって構わないのよ」と云う友子さんは人間の生きている間、お金で買える贅沢をするのが、何よりの楽しみだろうと思っていたのです。それ故、友子さんの考え方から云えば、級中で一等立派な着物を着た者は、心も一等立派なのだと云う事になってしまうのです。友子さんは真個にそう云う尊い立派な心を持っているのでしょうか。
「芳子さんは、それだから私嫌い。貴女にだってきっと親切ではないに定っているわ。心の中では、きっと貴女を見下げて、いらっしゃるのよ、貴女真個に仰云いな、彼の方は、貴女に親切じゃあないでしょう、え、政子さん」
「親切でないって……普通だわ」
「そうかしら、」
 友子さんは、長い絽の着物の袂を、紫色の袴の上に揃えながら、疑しそうな顔をしました。
「何か貴女が辛いとお思いになることはなくって? 芳子さんが叱られないのに、貴女だけ叱られるような事はない? 芳子さんは、真個の子だけれども、貴女はそうじゃあないんですもの……私お可哀そうだと思うわ、真個に。うちの御母様のお母様は継母だったんですって、今でも辛かったってよく仰云るわ、だから私御同情するのよ」
 こんなに云われると、只さえ淋しい、悲しい心持になっている政子さんは、堪らない心持になってしまいました。
 芳子さんが不親切なのだと、はっきり思うのでもありませんし、自分がどう云う辛い目に会ったと云うのでもありません。けれども、只気持だけで、
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