ようとして、政子さんを自分の云い付け通りにさせていたのです。
私共は、じっと静に考えている時には、大抵よい事と悪い事とをはっきり区別して自分のする事を導いて行けます。けれど、多勢の人や、お友達のいる処で、正しい事でも、自分の耳に痛い事を云われると、正直に素直に其の忠言に従う事は出来なく成るものでございますね。
我儘な友子さんは、芳子さんがじっと独りで堪えているのをよい事にして、自分が学校を廃《や》めるまで、二年の間政子さんと芳子さんの仲を悪くさせようとしていたのです。
けれども芳子さんは、どんな辛い時でも、自分の正しいと思う親切は、仮令《たとい》政子さんが其を悦んでも悦ばないでも、行って居りました。
親切は、ひとに褒められる為にする事でもなく、お礼を云って貰う為めにする事でもございません。
よい事は、人の心がしずにはいられない事だからするのです。それは人間が地上に現れた時から与えられた心持の一つでございましょう。長い間の変らない親切は、いつか、真個にいつかか分りませんが、いつかきっとよい果《み》を結ぶものです。どんな力でも打壊す事は出来ません。友子さんが幾ら我を張っても、とうとうお終いに勝ったのは、芳子さんの親切、よい心掛でした。
二年目の終業式がすんだ日、お家に帰ると政子さんは袴をはいたまま、芳子さんのお部屋に来ました。(友子さんは二年丈すると、もう学校は廃めてしまったのです。)
そして芳子さんの前に坐ると、心から、
「芳子さん、どうぞ勘弁して頂戴」と申しました。
学校で戴いた修業証書を見ていた芳子さんは、其の言葉と一緒に顔を上げました。
「真個に――御免なさい、芳子さん、私、今まで沢山貴女にすまない事をしてしまったわね、真個に悪かったと思うの、友子さんが……。」
「よくってよ、よくってよ政子さん、私何とも思やしないわ、只ね、貴女が、私の思っている事さえ知っていて下されば、もうそれだけでいいの」
芳子さんには、これだけ政子さんが思っている事が、すっかり手に取るように分りました。
「私共は矢張り仲よしなのよ政子さん」
二人は知らないうちに、眼一杯に涙をためながら、楽しく仕合せな心に成って微笑み合いました。
まあ、真個にお互によく解り合って、よいところを信じ合った時ほど、人の心が晴々と空のように成ることはありませんでしょう。
政子さんと芳子さん
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