のこさず、ぶつかり合わず、調和そのものに歓喜を覚えるような概括で、自分の芸術に生かしてみたく思ったのだろう。そこから出発して宗達は賢くも、樹木、流木、岩や山などの自然又は橋、船、車、家屋というような建造物を先ず様式化し、生きている人間が示す感興つきない様々の姿態はそのままの血のぬくみをもって、簡明にされた背景の前に浮きたたせたと思える。
 そう考えると、宗達は人間好きな、美しさに人間らしく熱中する男であったのだと思う。そういう気質らしい清潔さ、寛厚さ、こころの視角の高さも感じられるのである。
 光琳が大成したという宗達の装飾的な一面は、その方向の極致なのだろうが、或るものは何となし工芸化して感じられる。そしてそういう美の世界では、宗達が嘗つて人間を自在に登場させた可能が封じられて、おのずから波や花鳥、人生としては従のものが図案の主な題材とならざるを得なかったということも示唆にとんでいる。

        秋声・藤村

 藤村と秋声とが相ついで長逝した。二人の作家の業績は、明治、大正、昭和に亙って消えない意義をもっている。そのことをつよく感じる人々は、同時に、この二人の作家が全く対蹠的
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