いる。
 宗達の作品もいろいろであろうが、この作品のように清明で、精気こもった動的な美しさは、心から私たちをよろこばすものの一つだと思う。人間の艷、仕事の艷というものについて、宗達は、目から精神にそそぎ込む多くのものをもっているのである。
 そんな話をしていたら、友達が古い美術雑誌で、宗達の特輯をしたのを見つけて来てくれた。自分でも古い『美術研究』の中に、扇面などの作品ののっているのを見つけた。
 屏風の絵の細部もそれで見たのだけれども宗達の描線の特色を、専門ではどう表現するのか。即物的な柔軟さ、こわばったところのない暖く雄勁な筆致で、対象にひたひたとよって行く感じは、まことに立派に思えた。自分というものを押し出したような強さではなくて、宗達は自然、動物、人間それぞれなりの充実感によりそって行って、そこへはまり込み、芸術に吸収して来ているのである。
 自然人らしくさえある宗達が、画面に様式化を創めたのは興味深い。彼にとっては、おそらく万象が、量感にみち、色彩に輝き、声と動きとに満ちていたのだろう。此の世に満々たる美しさ、愛すべきものを、彼はたっぷりした資質に生れ合わせた男らしく、どれものこさず、ぶつかり合わず、調和そのものに歓喜を覚えるような概括で、自分の芸術に生かしてみたく思ったのだろう。そこから出発して宗達は賢くも、樹木、流木、岩や山などの自然又は橋、船、車、家屋というような建造物を先ず様式化し、生きている人間が示す感興つきない様々の姿態はそのままの血のぬくみをもって、簡明にされた背景の前に浮きたたせたと思える。
 そう考えると、宗達は人間好きな、美しさに人間らしく熱中する男であったのだと思う。そういう気質らしい清潔さ、寛厚さ、こころの視角の高さも感じられるのである。
 光琳が大成したという宗達の装飾的な一面は、その方向の極致なのだろうが、或るものは何となし工芸化して感じられる。そしてそういう美の世界では、宗達が嘗つて人間を自在に登場させた可能が封じられて、おのずから波や花鳥、人生としては従のものが図案の主な題材とならざるを得なかったということも示唆にとんでいる。

        秋声・藤村

 藤村と秋声とが相ついで長逝した。二人の作家の業績は、明治、大正、昭和に亙って消えない意義をもっている。そのことをつよく感じる人々は、同時に、この二人の作家が全く対蹠的に一生を送ったことについても、浅からぬ感銘を与えられているのではなかろうか。
 同じ死ということでも、藤村の死去ときいて、私たちには儀式めいた紋付羽織袴のそよぎが感じられた。秋声が遂に亡くなったときいたとき、私たちは、自分たちの生涯の終りにも来る人一人の終焉ということを沁々感じたのであった。
 藤村の文豪としての在りかたは、例えてみれば、栖鳳や大観が大家であるありかたとどこか共通したものがあるように思う。大観、栖鳳と云えば、ああ、と大家たることへの畏服を用意している人々が、必ずしも絵画を理解しているとは云えないのと同じである。
 秋声は、畏れられる作家、そういう大家ぶりの作家ではなかった。世俗的な威風に満たず時に逸脱しその逸脱の本質は「元の枝へ」と「仮装人物」が「新生」と異るように異るものであった。藤村はおどろくばかり計画性にとんだ作家で、その自己に凝結する力は製作の態度から日常生活の諸相へまで滲み透っていた。藤村の生きかたでは、逸脱は或る意味で彼の人生にとって過誤であった。けれども秋声の場合には、過誤ではなく、彼のように生きることに即して生きた人が、ああもし、こうもして生きてみた、その一つの姿という関係にある。自己放棄の道を通ってさえも秋声は常に動く人生の中に自分をおいて、ともに動いて自分を固定させなかったということを秋声短論の中で広津和郎氏が云っているのは、秋声の根本の特色をとらえていると思う。
 秋声は、ほんとうに自分を生きながら記念像としなかった秀抜な作家の一人であった。散文家としての秋声は、客体的な力量という点で、評価されるべき作家ではないだろうか。日本の近代文学における散文の伝統というようなものが将来注目されるなら、秋声はまぎれもなく一つの典型として不動の地位にある。一応文学趣味を今日も満足させている芥川龍之介の散文が、教養的であっても、極めて脆い体質をそなえていることなどと著しい対照をも示すわけだろう。
 藤村の歿後、何かの新聞に島崎鶏二氏の書いた文章を見かけた。そして生涯精励であるいかなる作家も、最後には、自分で書ききれない一篇の小説を、自分の人生の真髄に応じて後に生きつづけてゆく者の間へ遺すものだということにこころうたれた。



底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年4月20日初版発行
   1986(昭和6
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