最近並河亮氏が訳したアプトン・シンクレアの大長篇の一部「勝利の世界」をよんでもまざまざと描きだされている。主人公ラニー・バットは、フランスがヴィシーに政府をうつすようになってのち云っている。「ナチはイギリスを憎んでほしいとフランス人に要求している。何故ならイギリスは彼らに対抗する最後の防波堤だからだ」と。フランスやドイツの人民は、今日の壊滅におちいった心理的な原因として、二つの国の間にある、伝統的なさまざまの偏見を、戦争商売人に利用されたのだった。日本の人民が明治二十七八年の戦争以来、敗けない日本軍の幻想と偏見にだまされつづけて、国内のファシズムに抗争する正当な世界情勢についての判断をうばわれ、そのための真実な気力も失わされていたように。
わたしたちは、こんにちこそ、国際的な先入観や偏見から自由に解き放されなければならないときだと思う。同時に、自国の権力が与えるめかくしも、拒絶すべき時期だと思う。偏見のない人民こそは、最もあざむきにくい民である。
第九巻には、主としてソヴェトの文化・文学の問題が集められ、十八年前にかかれたソヴェト生活のレポートは、きょうはじめてややまとまった一冊として出版される。この本が編輯されるまでに集めることのできなかった数篇をのぞいて。ソヴェトとして、この本にしるされている見聞は、ふた昔ちかい時代のことになっているだろう。しかし、日本のわたしたちにとっては決して古びて役にたたない歌のふしではない。なぜなら、こんにち十八歳になった日本の青年男女たちは、いちども、こういう事実は見知らされないで成人して来なければならなかったのだから。そして、青春こそ、いつも歴史の英雄であり得るとともに、いたましい犠牲でもあるのだから。わたしはこの一冊を、すべての偏見をこのまない、善き人々におくる。
一九四九年四月十日
[#地付き]〔一九四九年五月〕
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「宮本百合子選集 第八巻」安芸書房
1949(昭和24)年5月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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