とと生活していて、夫婦というもの毎日の生きかたの目的のわからない空虚さに激しく苦しみもだえていた。そのひととはなれていられず、それならばと云ってその顔を見ていると分別を失って苦しさにせき上げて来るような状態だった。新聞小説をかくように気がまとまっていなくもあった。
ところが、宮原晃一郎さんは、わたしがことわったにもかかわらず、再三、小樽新聞にかくことをすすめられた。何でもかまわない、書きたいものを、書けるように書いていいから、とすすめられた。わたしも、それまでをことわる心持がなくていたとき、不図したはずみで、一冊のペルシア美術に関する本を見る機会があった。ライプツィッヒで出版されたその本には、古代ペルシアの美しいタイルの色刷りや小画(ミニェチュア)の原色版がどっさり入っていた。そのミニェチュアの央に、特に色彩の見事な数枚があって、それは英雄ルスタムとその息子スーラーブの物語を描いたものだった。
ミニェチュアの解説はごく簡単であったから、わたしはただその絵の印象やルスタムという伝説の英雄の名を憶えただけであった。
暫くして、ペルシア文学史をよむ折があった。そしたら、その中にまたルス
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