失われてしまった。
選集へどんな作品をのせるかという話が出たとき、わたしは絶えて久しいこの「古き小画」のことを思い出した。こんな風に古い物語を書いたりしたたった一つの作品であるし、今は忘れてしまっているその作品が、当時の自分によってどんなに扱われていたろうかという点にも興味があった。偶然、安芸書房の広中氏と故宮原晃一郎氏の夫人とが知りあいの間柄で、「古き小画」の切りぬきは、宮原夫人を通じて手に入った。そして、ここにおさめられることになった。
「古き小画」で作者は、古代の近東の封建的な武人生活の悲劇を描こうとしている。人間らしい父と子の情愛の表現にさえ、彼等は生活のしきたりから殺伐な方法をとるしかなく、しかも、その殺伐さをとおして流露しようとする人間らしい父と子の心情を、彼等の支配者が利己と打算のために酷薄にふみにじる姿を描いている。けれども、当時の作者は、「古き小画」の主人公ルスタムと同じように、自分たちの殺された人間心情のために、「どう讐を討てばよいのか」を知っていない。丁度、そのころの作者が女としての生活の現実で物狂おしいほど苦しみながら、その苦しみの原因を、自分の内にあるものと、対手のひとのもっているものの考えかたの社会的な性質のちがいにおいて発見する力をもっていなかったように、自分をどうしていいか分らなかった作者が、率直に、「古き小画」のルスタムをも彼の憤りをどう表現してよいか分らない状態にとどめて筆を擱いていることは面白い。
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上(ボツ原稿)
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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