たものである。その一つ一つを、こんにちわたしたちが民主主義文学運動のなかにもっている諸問題とてらしあわせてよむとき、深い興味があるばかりでなく、むしろ駭然とさせられるところがある。この一巻に集められている二十数篇の評論、批評は、理論的に完成されていない部分や、展開の不十分な面をふくんでいるにもしろ、日本の人民階級の文学、人間解放のため文学がもっている基本課題をとりあげ、それを正当に推進させようとする努力において、ちっとも古びていないばかりか、民主主義文学の時代に入ってからこと新しく揉まれて来ている階級性の問題、主体性の問題、社会主義的リアリズムの問題、文学と政治の問題などが、これらのプロレタリア文学運動の末期の評論のうちに、その本質はつかみ出されているということを再発見する。
この事実は、わたし一個人の達成としてとりあげられるのではない。日本でプロレタリア文学運動がこんにちのわたしたちの活動のために基礎づけたものの積極面が、はっきりくみとれるという意味なのである。
一九三六、七年以後から十年の歳月は、日本の人民とその文学にとって、野蛮と死の期間であった。
実に、この十年の空白の傷
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