あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)Poison《ポイゾン》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ふた[#「ふた」に傍点]でふさいで
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 暗くしめっぽい一つの穴ぐらがある。その穴ぐらの底に一つの丸い樽がころがされてあった。その樽は何年もの間、人目から遮断されたその暗がりにころがされていて、いそがしく右往左往する人々は、その穴ぐらをふさいでいる厚板の上をふんで歩いていながら、その足の下にそんな樽のあることは心づかなかった。よしんば、そこの穴ぐらや樽について知っている人があったにしろ、そのことについては黙っていた。なぜなら人々は、云っていいと許されていることについてしか話せなかったし、穴ぐらや樽については話していけないからこそふた[#「ふた」に傍点]でふさいで暗いところにころがしておくのであったから。
 ところが、或る夏の日、あたり一帯もの凄い音響がして、やがて死んだようにしん[#「しん」に傍点]となった。しばらくして、その森閑とした大気のどこかしらから人声がきこえて来た。かすかだ
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