おくれた社会であることを、新しいおどろきとともに思いかえすのである。そして、女らしいとか女らしくないとかいう通俗のめやすから苦しみを感じさせられている私たち日本の女の経ている現在の段階にも思いがひそめられる。
「この心の誇り」という題で(実業之日本社、定価一円五十銭)鶴見和子氏がパール・バックのこの作品の抄訳を出している。パール・バックに会って、芸術家としての彼女の真摯な態度にうたれたこの若い日本の淑女は、作品の訳者として或る意味ではふさわしい人であったろう。抄訳であることは残念だと思う。生活に追われていない令嬢の一人として、せめて、根気よく完訳されたらよかったと思う。それから、序文のなかで、ところどころに「自分の感想を加え、原文と異っているところもあるが」と云われていることも、目的は日本の読者にわかりやすいためという気持からとはいえ、やはり余り有益なことでもないと思う。作品の短い紹介ならともかく、一冊の本にまとめる範囲の抄訳の場合、訳者が自分の程度で感想を加えることは、文芸の作品に対してとるべき態度ではない。作品そのもので語らしめなければならない。
 鶴見和子氏の翻訳の方法や態度は、何となし今日の時代的な荒い空気に吹かれていて、若い婦人の手による一つの仕事として、おのずから感想を刺戟される。目前の生活の必要に追われず、一定の教養もある若い令嬢の仕事として翻訳はいいと思うけれども、それはジャーナリスティックなものに追われず、同時に文学作品ならその作品の世界の純一さに対する訳者としての敬意を失わないものでなければならないと思う。生活態度の真実というものの実際は、そういうところにもあるわけである。
[#地付き]〔一九四〇年九月〕



底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年4月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「新女苑」
   1940(昭和15)年9月号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2003年2月13日作成
2003年7月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボラン
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