活の道とを、所謂心も軽く身も軽き学生生活でのみ得ず、自力で自身の肉体でものにして来ているところからも生じているのではないでしょうかしら。
 村山(知義)の意見に対して蔵原の批評をひき、貴方が半蔵によって明治変革は叢の中から、下から見られるとしていないことは賛成です。ただ半蔵が百姓の一揆を理解しても、或はセイタを背負うても、自身の「限界を越えることは出来ぬのである」とだけ書きすてず、何故それを越え得ず、越えなかったのはどの点だ、と説明すべきだったと思う。労働者のやるようなことをやったって労働者じゃない、小ブルとしての限界性は越えられないのだ、そう言い切ったのと似ているから。
 平田イズムが当時にあっていかに発生し、いかに半封建の新興ブルジョア勢力(薩長、水戸一派)に利用されたか、そこからどの位の大衆の犠牲が生じたか、このことは十分くまなく、現代性をもって、貴方の獄中での潜勢力を傾けて解剖されるべき項だと思います。ここは面白い点です。
 藤村が平面的に一つの思想の流れという風に扱っているだけ、半蔵の幻滅が大衆の悲劇の一典型として十分押し出されていないのではないかしら。
 平田イズムが単純に社会的現実から時間的に乖離したのではなく、もっと悪どく当時の政権獲得運動者によって利用され、一般をその嵐にまき込み、しかも一時期の後、素早くそのイデオロギーの利用をすてたところもあるのではないでしょうか。尊王・攘夷という四字をいかにサツマの殿様、徳川、イギリス、フランスが手玉にとって、沢山の血を流させたことか。このところは本当にドラマティックです。(後略)[#地付き]〔一九三六年九月〕



底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「批評」
   1936(昭和11)年9月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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