いる。
 山本迪子さんの「或る女の手記」、働いて一家の支柱となっている女性でさえ、「家の嫁」としてのしきたりと、生活の実情から浮きはなれた現在の制度――たとえば税のとられ方などとのあいだに板ばさみとなって奮闘しながら、女として教師としての人生へのいとおしみをもって生きている姿がまざまざとしている。
 山田君子さんの「わたくしは生きる」、「だがわたくしはまだ貞操は売らないぞ」という最後のさけびは、人々の心につきささるようだ。「まだ[#「まだ」に傍点]」という一言になんという人生の内容がつめられているだろう。

          四

一、未亡人という殊さらのよび名でよばれることについての抗議は一般的であり同感いたします。参議院の会議では母子世帯という風によぶ案もあるそうですが。この手記を集めた本にはどういう題がふさわしいでしょうか。婦人雑誌くさいしめっぽさを高めた題を発見して頂きたいと願います。
一、賞金一、二三等とわけて与えられるということについて心ある方には皆御意見があると思います。文学作品でないこの種のものに――筆者たちの苦痛とたたかいの生活感情に、一等二等はあるまいと思います。
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