しくなると、
「私おかあさんに産んで下さいとお願いして? 自分勝手に私が産れるようになすったのじゃあないの? そうじゃなくって? 私自分で定めたんじゃあありゃしないわ、これ丈は決して忘れないことよ。決して!」
一番末のベンジャミンはこの二人とは違いました。静かな、学問に凝る、今は唯一の父様っ子です。母のロザリーに対しては、勿論実におだやかで親切ですが、彼女が求める率直な感情の吐露は欠けているように思われます。
ハフの不名誉な事件後ドラは愈々家におらなくなりました。それどころか、或る晩、ロザリーは予想もしなかった、娘の臨終にめぐり会うことになりました。
少し以前から、ロザリーに様子が変だと心づかれていたドラは、一人の女友達の部屋で何か医者の明言しなかった理由の為に危篤に陥り、一晩の苦しみで到頭死んでしまいました。悲しさでやっと我を支えているロザリーが、最後にドラの名を呼んだ時、瀕死の娘は、もう何とも云えない嫌気に満ちた溜息とともに、
「あ、おかあさん!」
とつぶやきました。
突然死んだドラの唯一人の仲よしであったベンジャミンは、翌日、夕刊に、ドラを視た検屍官の逮捕状で一人の男が検挙されたのを読むと一寸出て来ると云ったぎり、もう再び生きた姿を両親に見せませんでした。彼は、警察署に行くと、捕えられて来ていたその男を死ぬ程|擲《たた》きのめし、自分は程近い地下鉄道に轢かれて命を落してしまったのです。
ああ神様。ロザリーは良人に云いました。
「子供達が悪かったのではありません。私が天の命に背いたのでした」
彼女は、ドラの没くなった翌朝、フィールド銀行に辞職届をかきました。
二人の子を失い、一人の子も恥辱の裡に持つハリとロザリーとは、魂の底から互の心を感じ合いながら擁き合いました。
これほどの苦痛も、二人で耐えてこそ耐え得ました。
今は、総てがよくなりました。ハフは出獄して、カナダにい、心を入れ更えて家郷への音信を怠りません。彼が、虐待し、早死した妻との間に生れた娘のロザリーは、名づけの祖母を母と呼び、ロンドンで一緒に暮しております。
小さいロザリーは、三度の御飯も皆と一緒に食べるし、褓母や家庭教師と云うものも持っていません。
大喜びで朝飯をしまうと、ピョンピョン片足で飛び廻りながら、可愛い声を張りあげて呼び立てます「お稽古! お稽古!」
彼女の子供らし
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