は、そう云う境遇にいる男の人に云うでしょう。
『おい君、自分の大望を取りあげ給え。君は男だ。我と云うものを考えなけりゃあいけない』これが人々の云うことでしょう、ね、私の云っているのもそれです『私は女だ。私は自分を考えなければならない』」
 良人は、意味をこめて訊きます。
「そして、自分と云うものを考えてくれるか?」
「私は毎日――考えています」
 このような対話が良人と交されているうちにロザリーの心は段々しっかりして来ました。彼女は、自分の心の中にある感傷的なものと敏感さとの区別を見出しました。これまで彼女を成功させ、幸福であらせたのは、そのときの種々な状態に下らない感情はぬきの、思慮ある判断力で対したからでした。ロザリーは、自分が自己の生活や幸福を、家庭と仕事にひかれる半々な心持で、破滅に陥れそうになっているのに心づきました。
 ロザリーが、これ等のことに心を悩している間に長男のハフ、長女のドラは、悦び勇んで寄宿学校に行ってしまいました。いよいよ彼女の心はきまりました。
 良人は依然として「子供達は家庭に対して権利を持っている」「婦人の家庭に対する分担持場が違って来たら、世の中はどうなるだろう」と云って、彼女を家庭生活にのみ繋《つなご》うとします。彼女は、決然とそれに対し、男が父親であるとともに自由に邪魔されず仕事を持ち続ける通り女性も母であると同時に家庭生活に煩わされず自分の仕事を継続し得るべきものと云う理想の為に、再起したのでした。
 彼女は自分を来るべき女性の時代に先立つ一人の偵察者、冒険者としたのです。
 数年は、又順調に過ぎました。
 ところが長男のハフが十六七歳になると、続いて、悲しむべき事件が起り始めました。
 ハフは、三度も落第して、父親の卒業した名誉ある学校を退学させられました。
 ハリは、その時、「彼は頭はあるんだ。勿論、指導者を見つけてやることも出来る。然し、あれの持たない、そして持つことの出来ないものが、ハフに学校をやめさせるのだ」
 ロザリーが「それは何ですの?」と訊いた答えにハリは、厳しい調子で、
「家庭!」と答えました。
 ロザリーは、
「貴方は私共に責任があると仰云います。けれども、貴方は私共二人のお積りじゃあない、私、を云って被居るのです。何故、私ばかりが貴方より多くの責任を負わなければなりませんの? 何故、非難されるのは私ですの
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