りまいの事、それに年もまだ若いと聞いて居りますもの、丁度思い立って来たのにすげない御あいさつでさぞ恥かしいでございましょう。又、昔は私も歩んで来た道なんで人事とも思われませんもの。たとえ舞を御らんにならずとも歌をおききにならないでも、お呼になっておあいになった上おかえしになったならばさぞ有がたいと思うでしょうに。お呼び遊ばせよ」と云ったので「そんなら、および」と呼びかえさせてあって「ナント、仏、今日は御目通はするはずでなかったけれ共、義王が何と思ったのかしきりに云うので呼んだのじゃ、このように又呼ばれて見れば声をきかせないのも残念だろうから何でもかまわないから今様を一つうたえ」と云うので仏は今様を一つうたった。君を始めて見る時は千世も経ぬべし姫小松、御前の池なる亀オカにつるこそむれ居て遊ぶめれとこれを二三遍うたいすましたんで人々がみな感心してしまった。入道相国も面白そうに「おう、お前は今様は上手だったか。今様が面白いならば舞もきっと面白いだろう、何でも一つ」と鼓うちを呼んで一つまわせる。此の御前は年も十六の花の蕾のその上にみめ形ならびなく美くしゅう、髪の様子、舞すがた、声はよく、節も上手なので、何でまいそんじる事があろう。心も飛んで行きそうにまった。見て居た人はだれもおどろかないものはない。入道は舞姿をめでになったと見えて仏に心をうつしてしまわれた。生れつき此の入道と云う人はせっかちだもんで舞の終るのがもどかしく思われたと見えて始めの和歌一つうたわせまだ終りのうたのおわらない内に仏を抱いて内に入ってしまわれる。仏御前の云うには「私はもとより推参ものですげない御言葉をいただいてかえりかけたのを義王御前の御口ぞえでようやく御呼び下さったのでございますもの、御心にかないましたなら又御呼びいただいてまいりましょうから今日はただおいとまを下すっておかえし下さいませ」と云うと入道「ナンデ、かまうものか、何でも浄海が云うままになって居ればいいんだから、だけれ共、義王に遠慮するならば義王の方をひまやろう」と云えば「ソレソレ、それがいやなのでございます。私と一所に居るのでさえもどんなにか恥じ、半腹痛く思うのにそんなに義王御前を出そうなんかとおっしゃってはいよいよでございます」と云ったけれ共何とも云わないで「義王、早くかえれ」と云う使が度々三度まで来たので義王少しも身を休めてなんか居る
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