一節であるばかりでなく、わたしとして創作方法の発展の道ゆきからも、まだ中途であり、作者としてやっと一つの摸索の過程を通過したばかりである。このことは「二つの庭」「道標」第一部第二部、そして第三部と、それぞれの間に見られるむら[#「むら」に傍点]――変化が率直に物語っていると思う。わたしは、別のところでも語ったように、この長篇は、自分の実力のあるがままのところから、はためには自然発生的な方法でとりかかった。しかし、その自然発生風な書きはじ{め}かたについて、作者として無意識なのではなかった。とにかく、日本の現代文学の実作の経験のうちには、まだ社会主義リアリズムの方法が、はっきりそれとして試みられたことがない。その上、わたし自身としても、日本に社会主義リアリズムの紹介された一九三三年以後明確な意識で、社会主義リアリズムの方法を追求して作品をかいたと云える経験をもっていない。
しかし、現代の世界のヒューマニティーの現実は、その芸術再現の方法を、社会主義リアリズムに発展させてゆかなければ、歴史の動きの中核と人間生活の具体的な関係を描き得ない時代に来ている。第二次世界大戦ののち――一九四五年からのちの世界とその文学は、したがって日本の文学も、文学精神の本質において飛躍しなければならない時期に来た。
わたしは、はじめっから、プラスの意企とともに、ひとめにはマイナスのあらわであろう自分の方法を、おそれずに出発した。わたしは、現代に生きる一人の階級人として、文学者として、書きのこしたい人間理性の闘いの物語を、書けるところから、書ける時に、まず書きはじめないわけにはいかなかったのだった。
社会主義リアリズムの方法は、プロレタリア文学の理論が一九三二年ごろ、「前衛の目をもって描け」「前衛を描け」と云った段階から前進して、更に広汎な社会関係の多様な局面をとらえ、多角的に歴史の前進する姿を描き得る方法であるはずだ。同時に過去の階級的文学が 文学+経済・政治に関する階級的理解=プロレタリア文学[#「文学+経済・政治に関する階級的理解=プロレタリア文学」は横書き] とした単純な歴史的段階も通過しているはずである。むかし、プロレタリア文学作品について長谷川如是閑が辛辣に批評したことがある。プロレタリア文学にあらわれる人物は、ほとんどみんなプロレタリア義太夫のさわり[#「さわり」に傍点]めい
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