い。簡単に明瞭にされ得ないいりくんだ事情も伏在しているわけだろう。いわゆる推理小説家にとっては、この事件が他殺か自殺かをはっきりさせて、その原因、手段をときあかすことが眼目だろう。けれども、一人の民主的作家としてわたしは、別な角度からこの事件に感じているところがある。
 自殺であるにしろ他殺であるにしろ、下山総裁の死は、国鉄の大馘首と直接関係がある。七日の時事その他は、技術畑出身の地味な性格の下山氏が、その性格をかわれて六月に総裁となり、こんどの十六万人の整理問題について、非常に苦慮していた。「切ないがわが道をゆく」、「部下への思いやりに苦しむ」という記事は、下山氏の人間ぽさを、わたしたちに感じさせた。まして国鉄本省にあらわれた下山氏がとりみだしていたという姿は、一日に千余通送られていた人民の哀訴の手紙と、権力に奉仕する官僚としての板ばさみの立場に苦しむ同氏の心の乱れのほかではないだろう。
 死の過程がどうであったにしろ、下山氏の死の本質は政治屋でなかった同氏が、十六万人の従業員ともども、吉田政府の犠牲となったといえるものである。
 各新聞を注意ぶかく読んでいる人は、誰しも心づいたこと
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