ことも無くはないが――其那ことでも、慾を云えば、女優の技倆一つで苦にさせずにすむのではあるまいかとも思う。マーシャがプーシュキンの詩を、彼那に度々繰返さずにいられないのは何故か、其は単に彼女の文学的教養のさせる業でもなければ、感傷癖からでもない。彼女はこみあげて来る心に堪えかねて呻くのだ、その呻きとプーシュキンの詩句とがきっちり結びつけて離れない。そういうものだろうと思う。マーシャを演じた女優は、此点、掴みようが足りなく感じられた。そして、其が全般に及ぼしているらしく思われた。
             ○
 検察官や夜の宿の時も強く感じたのだが、私共は、俳優諸君が劇中の人物として、何かしながら気軽に口笛を吹いたり、一寸巧者にピアノに触ろうとしたり、鼻歌でも唱おうとする時、何故とも知らず居心地わるい程、跋のわるさ、危ッかしさを感じるのはどうしたことだろう。すっかり劇中のヨーロッパ人になったつもりなのが、其場になると、何だか互に知り合った内気な日本人が舞台の上で覗き出すように思われるのだ。――可笑しい。早くなくなっては欲しいが、考えるとつい微笑する。
[#地付き]〔一九二五年六月〕



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