び出さなければならない。文学研究員は大衆を、壁新聞と工場新聞に向って動員し、生産経済計画達成に大衆の自発性《イニチアチーブ》を鼓舞する文学的実践を自身の文学的勉強とすべきだということになったのだ。
これは、完く正しい。そして
「鎌と鎚」工場の文学研究会がこの集会で再組織をしようとしていることも大いにいい。
やっぱり、党大会後のことだ。
ソヴェト・プロレタリア大衆の間に、「プロレタリア作家に対する師匠役」という動員が行われた。
五箇年計画と資本主義世界の行きづまりとの激しい対立を目撃したソヴェトのプロレタリアートは、社会主義社会建設の真価とプロレタリア文化の値うちをしんから理解した。
彼等は、文学をもうただ専門家に書いて貰って読むというだけの、受け身な立場で考えなくなった。世界の資本主義に対して、プロレタリアートの勝利、社会主義ソヴェトの生産は現実に盛りあがって来つつある。この歴史的時期に、プロレタリア文学は、ソヴェト・プロレタリアートの全社会的活動を、心理を記録し再現しなければならない。そのために、われわれプロレタリアートは、出来上った作品をただ読んで、いいとかわるいとか、俺たちの生活を描いているとかいないとか批判するのは止めよう。積極的に、プロレタリア作家にとって或る場合必要なら師匠役となろう。作家は、草稿や筋を、先ず工場の一般集会でよめ。そして大衆の忠言や注意を利用しろ。文学的団体の間に行われる文学理論上の討論も、工場でやってくれ! こういう決議をした。
『文学新聞』にいろいろな工場連名でこの決議が載せられたとき、「鎌と鎚」工場はその先頭にたっていた。
五箇年計画は、第一に重工業の生産拡大を眼目としている。「鎌と鎚」は全ソヴェト同盟内でも有数な金属工場だ。古いボルシェビキで、国内戦のときは、一方の指揮者となって戦ったプロレタリア作家タラソフ・ロディオーノフが、本気な顔をしているのは当然だ。
次の研究会までに、各職場の文学委員が、各自何人の文学衝撃隊を組織出来るか報告することになって、作品研究にうつった。
大抵の文学研究会では詩ばかり沢山よまれるのに、ここでは、縞フランネルの襯衣《シャツ》をカラーなしで着た青年が、短篇小説をよんだ。
五箇年計画で、各生産部分には熟練工が足りなくなった。一九二八年には百十万人もあった失業者を全部吸収したが、それでもまだ足りない。工場によっては苦しまぎれに、賃銀をよくして労働者を集めようとする。そこで、一九三〇年の冬に大清算された「飛びや」が現れた。つまり、五十|哥《カペイカ》でも多い方へ多い方へと、工場から工場へと飛びうつってゆく飛びや[#「飛びや」に傍点]労働者だ。
短篇小説は、職場の意識の低い男が飛びや[#「飛びや」に傍点]になりかける。それを、若い共産党青年《コムソモール》の仲間が改心させるという主題を扱ってる。
「ふーむ。主題はいいね!」
タラソフ・ロディオーノフは、さっき文学衝撃隊組織について論じてたときよりはグッとくだけて、親しみ深い同輩の口調で云った。
「われわれの日常の中からとられている、これは健康な徴候だ。――君のこの前の作品、あのホラ、染めた髪の女が出て来る――少くともあれとは比較にならないね」
みんなドッと笑った。云われた当人は、少し顔を赤らめながら、やっぱり大笑いした。
「だが、材料はまだ整理が足りない。ゴチャゴチャしている。いらないところをどうすてるかということは――君、ジャック・ロンドンを読んだかい?」
「読みません」
「ぜひ読んで勉強したまえ! われわれは、われわれの前にいい仕事をして行った者の技術は一遍検査しておく必要があるよ」
手をあげて、一人の青年労働者が、その短篇の批評を追加した。「ハッキリ今憶えてないが、言葉が少し労働者らしくないと思うんだ。例えば、そん中で、マクシムが、俺はあっちの工場へ行くかもしれねえって云った時、ワーリャが訊く。何故だ? するとマクシムは、あっちの方が得だ、って返事してる。労働者の、ましてマクシムのような男は、そうは云わないんだ。『あっちは三十五哥多い』そういうんだ」
赤い襟飾を結んだ年上のピオニェールが、椅子なしで、卓上へ肱をつき、日やけのした脚を蚊トンボみたいに曲げて熱心に一人一人の話し手の顔を見つめながら聞いてる。
今、詩が朗読されはじめた。
「俺は、今日はじめてこの研究会へ出たんだが……」
そう云ってその黒い捲毛の青年労働者が手の中に円めている紙をひねくったら、タラソフ・ロディオーノフが
「いよいよ結構じゃないか! さあ、聴こう!」と陽気に鼓舞した。
それで、読みはじめた。
羽目へもたれて床《ゆか》に坐ってる連中も、膝を抱え森として聞いている。
工場の内庭に面した方の窓全体に、強いアーク
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