いるものだということは、分ったと思います。
 あなた一人としては、偶然物わかりのいい親切な青年を夫とすることが出来れば一応問題が解決したように見えます。
 けれども、万一、好都合に行かなかったらどうでしょう。
 お互に女です。幸福に生きたい願いは一つです。その幸福は、今のままの世の中の仕組みではわれわれ金のない、自分の力で働いて生きてゆくものには与えられません。わたし達は働く者全体が幸福に暮せるような世の中にするため熱心に働き、いい世の中にして行かなければ自分の幸福も来ないわけです。

        良人と私の思想について

 この頃のようにサシ迫った世の中になり、働く者プロレタリア、農民の利益とそれを搾るブルジョア、地主の利益との衝突がハッキリして来れば、自然わたし達の生活にも、人間らしく生きるためには、どっちについて、どっちの味方となって闘って行かなければならないかという問題が起って来るのです。
 日日新聞や、朝日新聞、そのほか山ほどあるいろいろの婦人雑誌でも、古くから「身の上相談」はやっていますが、あなたのような問いは、今の世の中にどんなにか多くの婦人が苦しんでいることだのに一つものせられない。何故でしょうか。ああいう新聞や婦人雑誌に資本をかけてやっているのはみんなブルジョアだから、そういう自身の利益とは反対なプロレタリア、農民の運動の正しさとやむにやまれぬ力を知り自分の暮しの経験から知り、自分もその仕事をやって行きたいと思って苦しむような婦人の相談には、のってくれないのです。よしんばのってくれたにしろ、キットあなたの御良人の兄さんの大本教信者のように「母は子供のギセイになれ」とか「家庭のことだけしていればよい」とか答えるのが落でしょう。
 われわれは違います。こういう問題は、あなた一人だけのことではなく、いろいろな年齢の、いろいろの境遇の婦人が、真面目に考え、苦しんでいることだと思えるのです。
 さて、あなたの旦那さんは、会社へ勤めておられるそうですが、その会社で良人の方は大株主ででもあるのでしょうか。重役とか? または格のいい主任級の方でしょうか。
 なぜというに、この頃のギリギリと行きつまった世界の不景気時代、タダの会社員だったらいつ会社の都合でクビになるかしれたものでない。クビになったら、又別の口はなかなか見つからず、退職手当と云ったって、涙金です。一年つづくか二年つづくか当のつかない失業の間を、笑って暮していけるだけ、あなたの旦那さんは金持ちの方でしょうか。
 若し、クビにされる心配は重役だからない。病気で半年休んでもおっかないことはない。クビにするならしろ、笑顔でクビにされてやるというブルジョアなら話は別ですが、あなたのお手紙が、ありふれたノートの紙をひきちぎった上に書かれているところを見れば、そういう方の妻とも思えません。
 良人の方に、まず、何故この頃どの会社でも月給は上らず、手当は減り、しかも何ぞというとクビ、クビでおどすかという訳を、毎日の暮しの間に細かく説明して見せたら、どんなものでしょう。
 万一クビになり、しかも良人が病気になりでもしたら、暮しは誰が保証してくれるか。搾るだけ搾られ、用がなくなれば、生きようが死のうが貴様の勝手と放り出されることは、工場の労働者だって、洋服をきた会社員だって同じことです。
 大学まで卒業した人が三十五円四十円の月給さえナカナカとる口のない今の世の中に、会社が丸の内にあるばっかりに、俺は労働者なんぞとは人間が違うんだと、搾られている当人が思っているとしたらほんとに笑いものです。
 あなたが働くと云えば、良人の方は家のことをしていろ! と云われるそうです。少しでもあなたが自分で金をとるようになると、思うままをするだろうと、それを嫌って止めろと云うのでしょうが、もしも今、目の前で良人が失業つづき、二人の子は育てねばならず、しかも家中売れるものは売りつくしてしまったという瀬戸際になった時、あなたが働くといっても、良人の方はやっぱり女は家にいろ、と云われるでしょうか?
 本に書いてあるそのままの理屈で良人とケンカをせず、じわりじわり、良人の方が良人とし、父親とし、会社に雇われている身では今のブルジョアの世の中でどんな危い橋をその日その日とわたって頼りなくすごしているかを、目に見えるように納得させる方がいいと思います。あなたのお手紙に書かれたところだけで察しると、こういう大切な根気のいい働きかけがされたかどうかと考えられました。
 ソヴェト同盟のような世の中になれば、まず失業はなくなる。万一失業があっても、国家は働く者同士でこしらえているから互に思いやりある組織で、キット失業保険がある。妻子があればその分だけ割増しがつく。六十歳までよく働けば養老保険さえ出るから、安心して職
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