そうミーチャがいるのかね。お前、人間じゃないのかい。ミーチャのおかげで人生が終りになったとでもいうのかい? 赤坊にはお前がいらないだろうか? ほかの人にもお前はいらないものだろうかね、……こういう目にあった人間が、この世の中でお前のほかにないとでも思っているのかね。俺は、もう幾人かちゃんと足で立たせてやったよ。働くのさ。すっかりいいようにして上げるよ。」
 ソモフは、子供を托児所にあずければいいとその時も云った。
 胃袋へ流し込んだ醋酸の火傷がなおるにつれ、グラフィーラの生活には希望と明るみがさして来た。これまで知らなかった、暢々《のびのび》したひろさでさして来た。ソモフは、万事を約束通りにしてくれ、彼女は工場へ働き出した。
 まるで新しい生活がグラフィーラを捉え、まるで新しい力が彼女の内から湧いて来たのだ。
 ところで一方、この三ヵ月は、工場管理者インガとドミトリーのところではどんなに過ぎただろうか?
 或る日例の口調でメーラが、
「ね、家庭戦線はどうなの? 曇りなき天国?」
ときいた。インガは答えた。
「私は幸福よ。望んでいたものをみんな持っているらしい。」
 メーラは機敏な黒い目
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