つの工場で管理者は労働者で、どう働くべきかと云うことは腹から知っている正直者だとしても、その下に働く専門技術家、またはトラストの支配人達は、多く知識階級出である場合が多い。昔は自分達の行く劇場にさえ入れなかったような労働者の前へ、今は顛倒した地位で自分達が立たなければならなくなった彼等が、素朴な管理者が閉口するように、報告を出来るだけ衒学的な文句で書いたり、必要もないのに、馬鹿叮寧な術語をしかもドイツ語で並べたてたりすることは屡々《しばしば》である。トラストの支配人は、策動して労働者の工場管理者を陥いれ、遂に法律を逆用して、彼を工場から追払おうとしたりする例も、事実一度ならずあった。
こういう工場内の悪質な分子を、労働者出の管理者及び彼を支持する労働者群がどんな困難を経て、克服して行くかといういきさつは、キルションの有名な戯曲「レールは鳴る」にもよく表現されている。
インガ・リーゼルが、知識階級から出た、教育と経験のある婦人党員であり、工場が、婦人の活動に似合しい裁縫工場である故もあって、彼女はそういう困難は経験しないですんでいるが、彼女のところには別な種類での困難があった。それは
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