所がないんです。機械はどこへおきましょう? 結局ここは工場で、母性保護施設ではないんですからな。」
憤慨してメーラーが叫んだ。
「それが労働婦人が主人のソヴェトの工場ですか!」
インガがきっぱり云った。
「私が機械のための場所は見つけます!」
「すると……」
ニェムツェウィッチは執念深く云った。
「僕がこれまでやったことは。すっかりフイというわけですか?」
「タワーリシチ、ニェムツェウィッチ! 貴方が設計図のやり直しを厭うからと云って、私は労働婦人たちに必要なものを許すことは止めません。もう托児所のことには署名がすんでいるのです。」
この技師とトラストへ出かけようとするインガを、ドミトリーが傍の思わくもかまわず止めた。
「用がある」
「あとで。――私はトラストへ行くんです。」
「――俺に一分の時間をさけないのか? 他人とは三十分も喋ってるのに。」
「みんなは、そういう調子で私と口はききませんよ。」
「どんな調子で云ったらいいんだ? 到頭俺が、いやんなったのか? 俺あ中学校は卒業してないんだ。」
二人きりになったとき、インガはドミトリーに云った。
「何てこと? ドミトリー! 何故みっともない真似をするんです? また、嫉妬してる。あなたは私が誰かと話してるのを平気で見ていられないの?」
ドミトリーは、インガがいくら説明しても二言目には、「俺はああいう風な教育はないんだ」と云う。
「我慢がならないんだ。――お前が誰かほかの者と……俺あ知ってる、野蛮だとお前が云うのを。だが、俺はそれほどお前を愛してるんだ。」
「ドミトリー。考えて見なさい。私はあなたより潔癖よ。あなたのところへ自分から行ったのよ。あなたと一緒になるために――あなたとだけ一緒になるために。それだのに、あなたは私を繩でしばりつけたがっている――」
自分との同棲者でなかった間、ドミトリーはインガの才能を理解していたらしかった。然し今は、インガも彼と同じく建設の闘士であると思うことが、彼には出来ない。
わるいことは、ドミトリーに、自分を持ち上げようとする本気な努力がないことだ。インガは、彼よりも社会的には大きい存在である。そのインガと暮すには、彼自身伸び育たなければならない。そこに、インガがドミトリーと暮している階級的な値うちもある筈だった。――インガは彼女のよいもちものをドミトリーに、ドミトリーは
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング