してある。――
 御承知の通り、この頃は毎朝新聞をひろげると、満蒙派遣軍の記事でいっぱいです。満州の戦のことばっかり書いて、慰問金寄附の金額がさながら浅草観音の寄進帳のようにズラリとすられている。世界には満蒙事件のほかにいろいろ大切なことが起っているでしょう。日本の中にだって手近いところで市電の大首キリが迫っているし、八幡製鉄所に千人ちかい整理である。東北青森地方はひどい飢饉です。
 そういうことはちょいと新聞にのるだけであとは、どっちを向いても「満蒙」「満蒙」です。われわれの考えるべきこと熱心になるべきことは満蒙事件しかないようですが、それならそれでいい。そもそも満蒙について、白木屋の展覧会はわたし達にどんなホントウのことを教えてくれるか。それを見たくて入ったわけなのです。
 割引電車のように込むエレベータアにつめこまれ、五階でおろされる。紅白幕で飾った展覧会の入口から、マア、これはひどい勢いだ。小学生、小さい女学生、印バンテンの労働者、お仕着せを着たどっかの小僧さんの一団までをまぜて、見物人は犇々《ひしひし》太い丈の手摺りぎわへつめよせ、ギッシギッシと動いている。誰もかれも上気《の
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