ぼ》せている。係の店員が「御気分のおわるい方は救護所がございます!」と叫んでいる始末だ。「モダン猿蟹合戦」という絵物語が、みんなをこんなに吸いよせているのです。
猿蟹合戦のはなしを知らないものは子供だっていない。そこをうまくつかまえ、猿を支那にしてある。蟹は日本です。
蟹が日清戦争で遼東半島というデカイ握り飯を貰ったら、熊(これは帝政時代のブルジョア・地主のロシア)虎(フランス)狼(イギリス)が出しゃばって来て日露戦争で握り飯を蟹からとりあげ小さい柿の種(北満)をおしつけた。百姓姿の蟹は仕かたがないから、その柿の種にせっせと肥しをかけ(二十七年の歳月。十万の聖霊、二十億の投資と書いてあります。)やっと柿の実(石炭、石油、大豆、燕麦その他)をみのらしたら、その出来がいいので猿がやっかみ出した。
柿の実を盗もうとして、日本の南満州鉄道を囲む鉄道を幾条もつくった。だが蟹は青いカンシャク面をしながらこらえていたら、猿は図にのって柿の木を根っこから切り倒そうとしはじめた。これが九月十八日の満鉄爆破であると。爆発した線路で汽車が顛覆しそうになっている物凄い絵が描いてある。そこで蟹も我慢出来ずに鋏で突いた。これが満蒙出兵だそうです。すると、猿は、虎、狼などが集まっている国際連盟にかけつけて、告げ口をしている。しかし、蟹は眼尻をつりあげて柿の木の下にがん張っています。その絵のところにはこう書いてある。
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「昔の猿蟹合戦では、子が仇をうった。けれども今は子や孫が仇うちをするということは出来ない。何故なら満蒙はわれらの[#「われらの」に傍点]生命線であるから一旦これを切られたら永久に死ななければならないのだ」
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これは陸軍省で描いたものです。みんなは感心して、「なる程ねえ」といって見ている。小学校の六年生ぐらいの女の子が突然群集の中から大きい四辺かまわない声を出して、
「満州をとっちゃうと、もっと金や何かとれて得するねエ」
と云うと、一緒に見ていた若い学生がさすがにきまりわるそうな小声で、
「とるんじゃないよ」
と云った。(成程ブルジョア新聞には満州をとる[#「とる」に傍点]とは書いてない。)
「じゃ借りるの?」
「――さア、何ていうのか――」
うまく説明がつかないで、そのまま黙ってしまった。
絵はいろんな色がつかってひどく人目
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