のを、僕は覚えてるから。だから君が、もしビーチャーのことを考え起こす時は、必ずそのことを考えないではいられないと、僕は思うんだ。――それからその次の瞬間だが、僕は君がその肖像画から目を離したのに気がついたんだ。僕は君の心が、革命戦争のことにむいて来たな、と推測したね。とそう思うと、君は唇を固く結んで、眼を輝かし、両手をきつく握りしめていたじゃないか。僕はそれを見て、君はあの革命戦争の戦いの時、両軍によって示された華々しさを夢見てるんだな、とそう想像したよ。――ところがその時、君の顔は再び物悲しそうになった。そして君は頭を振ったろう。君はその時たしかに、悲しさと恐ろしさと、それから人生の淋しさを感じていたに相違ないんだ。君の手は君の古い傷痕《きずあと》のほうへのびていった。そして君の唇にはかすかな笑いがふるえていた。こうしたことは僕に、君の心の上におかれたこの国際的な問題を解決する上に、不思議な珍らしい一面を見せてくれたんだ。――つまりこういう点から、僕はそれが不自然なやり方だと云う君の意見に同意したわけなんだが、僕は喜んでいるよ、僕の推断の間違いをすべて正された事を……」
「全くその通りだ」
私は云った。
「君にそう説明されてみると、僕は実際前の時と同様、驚かされるね」
「ワトソン君、それは表面だけのことだよ。もし君がこの間、君の注意深い所を見せてくれなかったら、僕はおそらく君の注意の動きなんかに目をつけやしなかったろう。――それはそうと、夕方になったら、少し風が出て来たらしいね。どうかね、ロンドン中をぶらつくのは?」
私はその狭い部屋に疲れていたので、喜んでそれに同意した。私たちは三時間ばかり、一しょに、フリート・ストリートや川の岸などを、さまざまな生活相を眺めながらぶらついて廻った。ホームズの細かい鋭い観察力を持った、そしてまた推理の深い力を持った独特な話は、私を楽ませ少しも飽きさせなかった。そうして私たちがベーカー街に帰って来たのは十時すぎだった。――と、入口のそとに一台の一頭だての箱馬車がとまっていた。
「ふうん、――分かった」
と、ホームズは云った。
「医者、――内科も外科もやる開業医の馬車らしいな。ちょっと調べてみたまえ。――きっと何か相談にやって来たに違いないよ。いい所へ帰って来たね」
私はホームズがそう推定したことについて、話し合った。そして
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