ど、それはたしかにそうかもしれないね」
 と、私は云った。
「だがその他に、こうも考えられる。その顛癇病のロシア人親子の話は、みんなトレベリアン博士のつくり話で、ブレシントンに対して何かなす所あろうため、そんな話をつくったのではないかと云う事だね」
 私は、ホームズが私のこの反対を耳にした時、ニヤリと得意げに微笑したのをガスの光りの中に見た。
「僕もそれは最初に考えたよ」
 彼は云った。
「しかし僕は、医者の話は本当のことだと云うことを確かめることが出来た。――と云うのは例の若い男は、階段のカーペットの上へも、ちゃんと足跡を残していっていたので、部屋の内へ残していったと云うその足跡を見に行かなくても僕はちゃんと分かってしまったんだが、ブレシントンの靴もあの医者の靴もさきが尖っているのに、その足跡は四角な爪さきで、そして医者の靴よりは一|吋《インチ》三分の一は大きいのだ。これを見れば、彼の話がつくり話ではなさそうに思われたんだ。――が、まあ、今夜は早く寝て、寝ながら少し考えてみようよ。きっと明日の朝になるとブルックストリートから何か云って使《つかい》が迎えにやって来るから………」
 このシャーロック・ホームズの予言は、たちまち見事にあたってしまった。しかも最も劇的な筋みちを辿って。――と、云うのは、その翌朝の七時半頃のことだった。窓からさし込む朝のうす明かりの中に、もう不断服《ふだんふく》に着かえたホームズが、私の寝台の側に立っているのを見出した。
「ワトソン、馬車が迎えにやって来てるんだ」
 と、彼は云った。
「何か起きたのかい」
「いいや、例のブルックストリートの事件だよ」
「ああ、――じゃ、何か新しい知らせでもあったんだね」
「悲劇的な、しかも至ってまぎらわしい知らせなんだ」
 彼は部屋の窓の鎧戸を引きあけながらそう云った。
「まあ、これを読んでみたまえ、――ノートから破りとった紙の上へ、鉛筆で、――直ちに御来駕御救援願いたし、トレベリアン、――と書いてあるんだからね。たぶん医者は、このノートさえ書くのにやっとだったに違いないんだよ。――とにかくよほど困ってるらしいんだから、いってみてやろうじゃないか」
 それから二三十分の後、私たちは例の医院の前に着くことが出来た。と、彼は恐怖に満ちた顔つきをしながら家の中からとび出して来た。
「思いがけないことになったんです
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