、自分のもテーブルの上からつまみ上げて、トレベリアン博士の後について入口のほうに出かけた。こうしてそれから二十分ばかりの後、私たちはブルック・ストリートにあるトレベリアン博士の住居《すまい》の前で馬車をおりた。そして小さな少年の給仕が出て来て案内してくれたので、私たちは直ちに、美しいカーペットの敷いてある階段を昇って二階に行こうとした。
と、その時、奇妙な故障が起きて、私たちはそのままそこへ立ちん坊をさせられるようなことになった。と云うのは、その時、不意に階段の頂きについていた電灯が消えて、暗闇の中から奇妙な震え声が聞えて来たからである。
「僕はピストルを持ってるぞ!」
と、その声は叫んでいた。
「もしそれから一歩でも近よってみろ、俺はブッ放すから……」
「ブレシントン氏、何を乱暴なことをなさるんです」
トレベリアン博士は叫んだ。
「ああ、博士、あなたですか?」
その声は、ホッとしたように云った。
「だが、その他の男は何者ですか? 何をしに来たんです?」
私たちは闇を通して長い間見詰め合っていた。
「分かりました。分かりました。さあどうぞ……」
やがてその声は云った。
「どうもお気の毒なことをしました。あんまり私が用心深すぎて、御迷惑をおかけしまして……」
彼はそう言いながら階段の明りを再びつけた。そこで私たちは初めて、私たちの前に、奇妙な恰好をした男の立っているのを見ることが出来た。その男の顔つきは、ちょうど彼の声と同じように、その藪のように入り乱れた神経をそのまま現していた。彼は非常に太っていたが、しかしいつかはそれよりもっと太っていたらしく、ちょうど猟犬のブラッド・ハウンドの頬のように、ゆるんだ革袋のような皮が、顔の周囲に垂れ下っていた。そうして彼の顔色は一目で分かるほど、病人らしい色つやで、そのやせた赫茶けた頭髪は、いかに彼の感情がはげしいかを物語っていた。――彼は案の定、手にピストルを持っていたが、私たちが近よって行くと、それをポケットの中にしまってしまった。
「今晩は、ホームズさん、よくいらしって下さいました」
彼は云った。
「実は大事件が起きましてね、どうしてもあなたに御足労願わなければならなかったのです。おそらく今まで、私ぐらい、あなたのお力を必要としていたものは、この世界中に一人だってないでしょう。――たぶん、もうトレベリアン博士が
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